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『植民の書』と 『アイスランド人の書』 Landnámabók og Íslendingabók

    カタログ略号 (sigla)の説明: AM = Arna-Magnæan すなわちアールニ・マグヌースソンの収集をさす。GKS = 王立[図書館]旧コレクション(デンマーク)。
fol = フォリオ(2つ折り本) 4°(4to) = クォート(4つ折り本) x=繊維紙本だという記述。

『植民の書』 Landnámabók

は、アイルランドの移民の記録である。

 全五部からなるが、そのうち第 II、III、V部(それぞれアイスランドの西、北、南部の開拓史)は、「賢者」アリ・ソルギルスソン Ari fróði Þorgilsson (1067-1148)の手による作とされている。〔*第IV部の(アイスランド東部)の開拓史は、コルスケッグ Kolskeggr が著した。〕
 著書を「〜ボーク;」と題するのはアリ流で、後世であれば文句無く「〜のサガ」であったろう。題名は、直訳すれば"土地取りの本"だ。〔* 余談だが、古アイルランドの『侵攻の書』も、直訳すると "アイルランド取りの本" なのである。〕

 この書物は原書のままは伝わらなかった。のちの世代は、自分らの時代に至るまで代々の子孫の名を継ぎ足していったからだ。名のみでなく、それらの事績をもである。

 それは相応の由緒ある家系の嫡流・庶流をくんで、いくつかのバージョンに分かれていった。やがて古い年代のバージョンは遺失し、現代につたわる『植民の書』の状況はおおむね以下の5通りとなった:

1) <ストゥルラ本ストゥルルボーク Sturlubók (AM 107 folx)
は、ストゥルラ・ソールダルソン Sturla Þordarson (1214-1284) が編集・加筆したもの。紙写本(x)として現存。
2) <ハウク本ハウクスボーク>版 Hauksbók (AM 371 4°, 105 folx, 281 folx)
ハウク本>は、ノルウェーに仕える在アイスランド法務官ハウク・エルレンドスソン Haukr Erlendsson (1265 - 1334頃)による大巻で、その一部として、<ストゥルラ本>と、 原型は遺失したステュルミル・カーラソン(? - 1245)本をもとに、ハウクが独自に編集した『植民の書』が収録される。その羊皮紙本は散逸するが一部現存する。不幸中の幸い、このハウクの『植民の書』も、完全なかたちで紙写本に書写されていた。
3) <メラル本>版 Melabók (AM 445b 4°)
 14世紀前半成立、作者不詳。  本の名は、どうやら西アイスランドの町、ボルガルフィヨルズル州メラル〔*アクラネス市のやや北 〕にちなむらしい。(要調査)
 これも以前の作品を参照にした産物とされる。現在は2葉の断片しかないが、内容は<ソールズル本>に収録されて保存される。なお、同本には他のサガ作品なども収容される。
4) <スカルズサー本> Skarðsárbók (AM 104 fol)
スカルズサーのビェルン・ヨーンスソン (1574?-1655)が編纂。
5) <ソールズル本> Þórðarbók (AM 106 folx, 112 folx)
ヒータルダルのソールズ・ヨーンソン牧師 (?-1670)が、 <スカルズサー本>、<メラル本>の内容を収録。

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 1) <ストゥルラ本>の羊皮紙本は、近世まで存在しており、スカールホルトブリュンヨールヴル・スヴェインスソン司教(1639-74) の指示でヨーン・エルレンドソン牧師という写本生が、1651年に繊維紙に全写した。羊皮紙本はその後、行方不明となったが、その紙写本AM 107 folxは、残されている。

 2) <ハウク本>の『植民の書』は、もとの38葉(45葉?)のほとんどが散逸して残り14葉となってしまっている。ところが、こちらの内容も、まだ<ハウク本>がより完全だった時代に、やはりヨーン・エルレンドソン牧師が書写した紙写本AM 105 folx (1660年代)として保存されている。

 近年の諸本の分割・返還により、<ハウク本>のうち、この 14葉の『植民の書』断片(と『キリスト教のサガ』 4 葉)は、デンマークからアイスランドに返還されている。

   紙写本などはこれ以外にもあるのだが、ここでは割愛する。











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出版本 útgafán

 『植民の書』は、17世紀末に出版された。原題は:『Landnámabók. Sagan Landnama vm fybygging Islands af nordmønnum (Einar Ey­jólfsson 編。アイスランド・スカールホルト町 H[endrick] Kruse 社 1688年 182+5+10頁)
 
1688年刊行『植民の書』の題ページ
初版本『植民の書』 (1688年)

  編者
エイナル・エイヨールヴスソン (1641-95頃)が、五つの『殖民の書』の写本を参照して合成したのがこの印刷本だそうだ。開拓民 430 、人名 3500、 農園 1500 ヵ所の名を記している。

 題ページは、上でご覧の通り赤黒の二色刷りになっている。また、最初のアイスランド定住者インゴルヴを描いた場面などの木版画カットが綴じられている。(* 初版本は、ある古本商では$12,500の値がついていた。)

 これは、アイスランドで発行された最初の本のひとつであるが、少しその出版史に触れてみよう。

 司教座のスカールホルトには、同年代の司教が二人おり、アイスランドの写本収集・複写という事業において ライバル同士であった。

 一人は、上前述のブリュンヨールヴル・スヴェインスソン司教であった。こちらは独自の出版工房を持つことに挫折したため、 写本生に頼らざるをえなかったのだ。(*この司教が、いと豪華な<フラテイ本>を、デンマーク王フレデリク3世(1609-70)に献呈したのも、それを出版してもらいたいという思惑がつよく働いたためだ。)

 司教座を占めるもう一人、ソールズ(ル)・ソルラークスソン司教 (1637-1697)は、この国で最初の版元を設立した。そして、その独占体制をかたくなに守った。(*ライバルのスヴェインスソン司教が国内で別の出版元を設立しようとした動きも牽制したのだった。)

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 ソルラークソン司教は、『植民の書』にも序文を寄せているし、同じ1688年に刊行された『キリスト教のサガ』Kristni saga を編している。また古いアイスランド地図〔*AM 379b, fol (1670年)〕の製図家でもあったし、木版画の才能のあったので本のイラストや装丁もあるいは司教の手によるものという。楽譜の記録なども残している、多才の人。

〔* スカーハルトでは、1688年に、この他にも『グリーンランドのサガ』や、『アイスランドの書』(⇒次節)も印刷されている。翌1689年に出たものに『オーラヴ・トリュグヴァッソンのサガ』がある。〕

 右の図は、1774年に発行されたラテン訳 『Islands Landnamabok: Liber Originum Islandiae
〔* フルタイトル:Islands Landnamabok. Hoc est : Liber Originum Islandiae. Versione Latina, Lectionibus Variantibus et Indicibus Illustratus. Ex Manuscriptis Legati Magnæani 。Hannes Finnsson 編・訳。 コペンハーゲン: A.F. Steinii 社 1774年。〕
Íslendingabók (Latin) 1774
—米国議会図書館所蔵

『植民の書』ラテン訳(1774年)

雑記

 『植民の書』の原題は、Landnámabók または Landná­mu と称し、直訳すれば「土地取り」を意味する。

 その序言(プロローグ)には、英国の「尊者ベーダ」(673-735)の著『時間の理について』に触れ、この書によれば、 ティーリ(=テューレ)という島があり、ブリテン島から船旅で六日のところに、冬には昼がなく、夏には夜がない、という引用をしているのが興味深い。

オンラインテキスト:
  • 『植民の書』(ストゥルラ本) 
    アイスランド語:Snerpa
  • 『植民の書』(ストゥルラ本) 
    英訳:Northveger



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『アイスランドの書』 Íslendingabók

 『アイスランドの書』は、「博識の」アリ・ソルギルスソン (1067-1148)が、1133年より少し以前に書き上げた小史。 「アイスランドに最初に北欧人が住んだのは、ハラルド美髪王の時世であった」に始まり、アイスランドの歴史を、そのキリスト教化に重点をおきながら簡潔に語った小品。

 アリの時代は、学識層のあいだではラテン語で読み書きされるのが常だったが、広い一般に知識を広めようと、平信者にもわかる土着語で書くことを思い立ったのだ。

 さて、この『アイスランドの書』写本の古い羊皮紙本は、すこぶるもろい状態ではあったが、17世紀まではちゃんと存在していたのである。 それは 1200 年成立のもの、つまり最古クラスの北欧写本とされ、作者がアリであるという記名(あるいはアリの直筆の署名)があったことも併せて、計りしれなく貴重なものであった。

 これを、おなじみスヴェインスソン司教の有能な写本生、ヨーン・エルレンドソン牧師が、2部書写していた〔AM 113 a folx(1650年頃) / 113 b folx(1700年頃)〕ので、内容は保存されているが、残念ながら至宝の羊皮紙本はいまでは行方知れずである。

 現在、通常『アイスランドの書』 Íslendingabók [アイスランド語] Libellus Islandorum[羅] と呼ぶ作品は、写本にして10葉、印刷物にして数十ページにしかおよばない小冊子だ。しかし、これはアリが自分の大作であるいわば完本『アイスランドの書』から抜粋した、抄本『アイスランドの書』だともいわれる。〔* T. D. Kendrick, A History of the Vikings(New York: C. Scribner's sons, 1930), 第3章, p.78

 完本はもちろんあとかたも無い。だが、それをベースに著された作品のひとつ、ラテン語で書かれた作者不詳の『北欧史』 Historia Norvegiae (1170?頃)は残っている。
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 そして、その作品は、ブレーメンのアダム著 『Gesta Hammaburgensis ecclesiae pontificum』 (11世紀)を資料としていることが認められるので、アリもまたアダムを資料のひとつとしていたのではないかと思われるという。

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 最後に、蛇足だが、アリに前後する時代のラテン語北欧史で、しばしば名が挙がるものを列挙しておこう:
  • Theodoricus MonachusHistoria de antiquitate regum norwagiensium (1187)
      (⇒ Viking Society 英訳)
  • Ågrip /Ágrip (1190頃)
  • Passio Olavi (1200頃)
  • Historia de Profectione Danorum in Hierosolymam (1200頃)
  • Historia Norvegiae /Historia Norwegiae from 1170 (1180-90頃)
  • Profectio Danorum (1200頃)
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