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*検証2:ローマ市のモザイクの史実(シャルルの軍旗は緑色だったのか?)
ラテラーノ宮殿址の右壁のモザイク (ローマ市) ― 中央に座するペテロが、 シャルル大王(Carulo)に緑旗を、教皇レオIII世に白い肩衣を賜っている。

 シャルルが聖ペテロから旗をさずかっている、そしてそれは緑旗であるというモザイクというものが  岩波版の3094行の巻末註では、「サン・ジャン・ド・ラトラン寺」*(ローマのサン・ジョヴァンニ・ラテラーノ聖堂)にあるのだとしていますが、 これは厳密に言えば正確でありませんでした。調べたところ、同じ広場にありますが、由緒の異なる、ラテラーノ宮殿址* という建造物なのだとわかりました。ラテラーノ宮殿の経歴は、次のようのなものです:

  • この宮殿は、コンスタンティヌス大帝(在位 306〜337)が、教皇に贈呈して以来、約千年もの間、教皇の邸宅として使われた。
  • しかし、教皇庁がフランスに移されたアヴィニオン期のあいだにこの故宮は荒廃してしまい、さらに1307年、1361年の火災で損壊し、巨額の修復費を投じたものの、かつての威容はとりもどせなかった。
  • 残存していた古跡は、シクストゥス五世(教皇在位1585~1590)が取り壊し、その跡地に今のささやかな建物を建立した。
 しかし、現存しているモザイク画で覆われた(後陣アプシス)の部分は、本来のラテラーノ宮殿の邸内にあった 「レオ三世のトリークリーニウム」*Triclinium of Leo III[英] Triclinio di Leone III [伊]という宴会堂(*岩波註では「食堂」)の名残りなのです。
 モザイク画は、三壁におのおの場面の描かれた三部作です:
  • 右壁のモザイクは、中央に座した使徒ペテロが、右のシャルルに緑の軍旗ウェキシルム*vexillumをさずけ、左の教皇レオIII世にパリウム*pallium (*袖なしマントまたはアミス(肩衣)をさずけている場面。
  • 中央のモザイクは、キリストが使徒に伝道の使命をおわせる場面。
  • 左は、キリストが聖シルウェステル教皇に鍵を、コンスタンティヌス大帝の軍旗ラバルム*labarum(*キリストのモノグラムを組合わせたカイ=ロー旗*chi-rho, ΧΡ[希]を渡している場面。

  •                                                             ―資料:Catholic EncylcopediaのSaint John Lateranの項。

     元来のモザイクは、800年頃、シャルルマーニュがローマで戴冠式を受けた頃の作と推定される。そのレオ像には 正方形のタイプの後光が描かれていることから、レオ三世(教皇在位 795 ~ 816年)の生存中に造られたことが確定できる という(資料:Chris Nyborg's guide to the churches of Rome)。
     現今のモザイクは、18世紀に大幅に修復されたもので、それ以前も太古のものとはいえないが、当初のモザイク タイルをわずかながら残している可能性はいなめないという。

    さて、モザイクに描かれる、シャルルに手渡される緑旗ですが、紋章研究家ガルブレス*Donaldは次のように描写しています:

    旗幟は、尖端が三本の尾に分かれたゴンファロン式の緑旗で、金色の斑点が無数にちりばめられ、 赤、黒、金の色取りの[同心]円が六個ついていた。おそらく刺繍の縫取りを表現したものだろう
                                        −Heraldicaの紋章サイトより。
     緑旗のモザイクにつきましては(→画像リンク集)で、お確かめください。私としましては、孔雀の羽に模した意匠に見えるのですが。

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