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フェロー諸島のバラード−概要

フェロー諸島のチェーンダンス

  竜殺しのシグルズなどを書き伝えた北欧の古典『エッダ』や「サガ」をご存知でしょうか?これらはもともと「古ノルド語」という、北欧の古語で書かれています。その古語の原型をもっとも忠実に残している現代語は、アイスランド語だとふつう言われています。

 しかし、「このサガのことば」の名残を残した言語だったらば、もうひとつ、フェロー語を挙げることができます。

 フェロー諸島のチェーンダンスの伴奏として口ずさまれる歌謡 kvæði (クヴェアイ)は、北欧神話のロッチ〔*ロキ〕や、竜殺しのシュルル〔*シグルズ〕、ヴィキング王ラグナルなどをテーマにしているのです。
フェロー諸島 のチェーンダンス切手の初日発行封筒の挿絵
フェロー諸島(中央) のチェーンダンス。
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フェロー諸島 の地図の切手

 フェロー諸島*フェール諸島とも〕は、北大西洋に浮かぶ群島で、 ほぼ英国北岸とアイスランドの中間に位置しますが、国籍はデンマーク領です。 ただし、かなりの自治権が与えられていて、ご覧のように独自の切手も発行しています。

 「フェロー」は北欧系の言葉で「羊(faar)」の島を意味しますが、有史以前から羊の楽園だった ようです。 今日でも、牧羊はさかんですので、その名前の意味は健在と言えるでしょう。〔* 諸島名は、ケルト系言語の fearand = 「面積」にちなむとの異説もあります。〕

 強風が吹くので、もともと樹木が自生していませんが、人為的に植え込みはされています。陸棲の哺乳類も、爬虫類・蛙も本来は生息していませんが、ウミガラスツノメドリ、アイダーダックなどが巣をなしています。

 諸島は漁労がさかんですが、10世紀頃からおこなわれてきたゴンドウクジラなどの 追い込み捕鯨でも知られています。
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ケルト系の僧侶たち

 さて、そもそも初めてフェロー諸島やアイスランドで集団生活をいとなんだのは、こちらの切手に描かれるようなキリスト教の修道僧(アイルランド系)だったようですが、やがて後からやってきた北欧人に淘汰されてしまいました。

フェロー諸島 を訪れる修道僧の切手

アイスランド島 を訪れる修道僧の切手
アイスランド。この火山の島にも、布教の地ならず「俗世から切り離された土地を求めて」、アイルランド修道僧たちはやってきていた。櫓漕ぎの革張り船は、クラーと呼ばれる。
 ディクイルの地理誌の、フェロー諸島を拠点とした僧たちも、30年来(つまり795〜825年のあいだ)、毎夏(2月初~8月の期間)トゥーレ(すなわちアイスランド)まで行っていたとの事。


聖ブレンダン(484-577)。頭に光輪があるのが聖人。その遍歴を記述した旅行記に「羊の島」と書き記したのが、 フェロー諸島のうちの一島だとされている。
 この作品では同場面に描かれているが、櫓を漕ぐ船の一団は、時代は下って、8世紀頃、船に乗って移住したアイルランド僧たち。
 ディクイルの地理誌『地球の測定について』(825年) によれば、修道僧は100年来フェロー諸島で暮らしてきたが、異教の北欧人がはびこるようになり引き揚げたという。

 北欧人が "パパ" (複数形 パパール )と呼んだキリスト教聖職者たちに入れ替わるようにして、 9世紀頃には、 アイスランドもフェロー諸島も、ノルウェー系の移民が開拓して定住するようになります。

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北欧人の移民

 
『フェロー諸島の人々のサガ』によれば、移民第一号のグルィムゥル・カンバン〔*グリーム・カンバン〕が諸島に永住したのは、ハラルド美髪王の治世〔* 不詳。852/885〜923/945年〕のこと。

 もっとも、新説では、修道層ディクイルが記したフェロー開拓元年 825 年と矛盾しないという解釈がされています。〔* 詳細は、グリーム・カンバンの項に書きます〕

つまり、アイスランドの北欧系移住民第1号、インゴールヴ(ル)・アルナルソンが、レイキャヴィクに永住地を設立した 874 年より半世紀さかのぼることになります。

キリスト教

 北欧人は、元来、異教の神々を信仰していました。アイスランドもフェロー諸島も、紀元 1000 年頃、オーラヴ・トリュウグヴァソンが圧力をかけたことが転機となって、キリスト教に改宗します。これに前後する年間は、『フェロー諸島の人々のサガ』によく伝わっています。


 フェロー諸島が輩出した英雄に、シグムンドゥル・ブレスティソンがいます。少年の頃から、斧で「熊殺し」〔*Bjarnbaniをやってのけた豪傑です。若き頃、当時のノルウェーの統治者、ハーコン伯に仕えて、ヨームスボルグのヴァイキング退治の遠征にも同行し、壮絶な戦いで海賊ブーイを倒します。
〔* 参照:『ヨームスボルグのヴァイキングのサガ』、フェロー諸島の「ヨームスボルグのヴァイキングのバラード(Jomsvíkinga vísa)」、デンマークの「シグムンドのバラード(Sigmunds Brestesøns vise)」。〕

 シグムンドゥルの最初の主人、ハーコン伯は、異教の祖神おやがみ ソールゲルズ・ヘルガブルーズを召還するくらいですから、筋金入りの異教崇拝者でした。ところが、次に天下を取ったオーラヴ・トリュウグヴァソンからは、交換条件をもちかけられます。それは、フェロー諸島の支配者となることを公認してやる代わり、洗礼を受けて改宗し、諸島をキリスト化せよとのことでした。〔* 「シグムンドゥルの古譚詩」 Sigmunds kvæði eldra
 シグムンドゥルは、最初に集会ティングでキリスト教を受け容れる旨をもちかけますが、伝統信仰の篤い島民から、大変なブーイングを受けてしまいます。ですが、とにかく強引な手段でキリスト教化を実施します。
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 しかし、異教庇護派の急先鋒で、地元のもうひとつの勢力だったゴタのトレンドゥルFøroyskt/Faroese/フェロー語〔*スランド〕に執拗に狙われ、悲劇的な死をとげます。〔* 詳細は、『フェロー諸島の人々のサガ』要約を参照〕

ノルウェー支配

 島民の、ノルウェー支配や改宗にたいする反骨精神もむなしく、1035 年にはフェロー諸島はノルウェーの封土(属国)となります。このノルウェー覇権は、 14 世紀末頃まで続きます。経済的には、ノルウェーの王府ベルゲンを介して交易をおこなっていました。諸島の特産である羊毛製品・海産物を売り、材木・麦・鉄等を得ていたのです。王府には、ハンザ同盟の商人等がいきかっていました。

 こうした背景から、バラード・ダンスは、 14 世紀頃、ノルウェーを窓口としてフェロー諸島にもたらされたというのが、ある学派の説です。

 そしてこの論の極致として、中世のフェロー語バラードに独創性はなく、ほとんどはノルウェーのバラードの自由訳か二番煎なのだと説かれています。ノルウェーの英雄歌と比較すると、その影響は歴然だという理由です。

 しかしながら、 その説には大きな欠陥があります。フェロー諸島からは、膨大な伝統バラードが収集されていますが、これに相当するノルウェーのバラードが確認できるのは、わずか 10% ほどに過ぎないのです。〔* —Patricia L. Conroy, "Faroese Ballad"の記事, Scribner's 社 Dictionary of the Middle Ages(全13巻)〕

サガ文学の接触

 ノルウェー起源説もありますが、アイスランド・サガ文学の接触は、否定できないところです。

 同時代、アイスランドでも、バラードは作詞されていました。サガの物語などを材料にした、韻歌リーマというジャンルのバラードで、これは 13 - 14 世紀以降に作成されています。

 フェロー諸島にも、やはり韻歌ルィーマ(フェロー語)という形式のバラードがあります。 律法などは真似できていないものもありますが、アイスランドの模倣か輸入品なのでしょう。
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 フェローのバラードの数作には、常套句として
Ein er ríman úr Íslandi komin,
Skrívað í bók so breiða
(この韻歌は、アイスランドより来たり、
幅広の本に書かれていたり。)
のパターンの文句がみられます。

 これを額面どおりに解釈するならば、バラードの語り手(=作者)が、アイスランドの羊皮紙写本を、 じかに目のあたりにして作詞した、ととれます。それは 12 世紀頃のノルウェー王のサガや、13 世紀頃から流行になった伝奇的要素の高い太古のサガ(英雄的サガ)、更には大陸の騎士物語を訳したサガでしたでしょう。

 サンドイ島には、座礁した船から村人がアイスランドの写本をサルベージしたという故事が、語り草として伝わっています。

フェロー歌の題材

 諸島では、冠婚葬祭の催しで、恒例としてバラードの歌謡が歌われ、ダンスがひらからるようになりました。

 ここで、中世のフェロー語バラードがどんなものだったかを垣間見るため、少しその題材のバラエティーを紹介します。

 まず、伝説の英雄を歌ったバラードがあります。竜殺しシグルズ、鍛冶師レギン、ブリュンヒルド、ニヴルング族のグンナルやヘグニ、ベルンのシドレクを歌ったもの。 また、カルルマグヌース〔*シャルル大帝〕の騎士のバラード群もあります。

Sigurd breaking the first reforged sword over anvil, from portal of a demolished Hylestad stave church in Setesdal, Norway / now exhibited at University Museum of Antiquities, Oslo.
−ノルウェー南端・セテスダール地方、
ヒュレスターのスターヴ教会の扉口
/オスロ大学・遺物コレクション所蔵
シグルズ−鍛冶師レギンがひとたび鍛えなおした剣は、鉄床で試し切りすると折れた。
 上の場面は、1976 年 1 月 20 日発行の 切手の図柄に使用されている。
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 この間、フェロー語は、バラード歌謡や格言、まじない文句など民俗文化として伝承されて生き残りましたが、印刷機発明後も、諸島で フェロー語の書籍が出版されることは長らくなかったのです。 〔* 付記:デンマークでのバラードの発達ですが、民俗学者アクセル・オルリック Axel Olrik (1864-1917) の考察によれば、デンマークの歴史的バラードの多くは、それらの事件が起きた13世紀頃一部は12世紀)とほぼ同時代に作成されたとのことです。16-17世紀のデンマーク貴族には、そこら辺の本にバラードの句を書き込む風習があったので、たとえば英国に比べてバラードの文献的記録は古いそうです。

 しかし、 19 世紀に、島民の自決権や固有文化についての意識運動がおきて、はじめてフェローの執筆文学が現れたのです。

 その大きなきっかけは、古来伝承のフェローのバラードに対しての関心でした。

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 スヴァボは、フェロー語はそのうち死語と化してしまうと信じ、その記録を後世に遺す考えでした。このとき、フェロー語は、口語としてしか存在していませんでしたから、独自の音写表記まで工夫しています。しかし、かれの著作が生前に出版されることはなく、失意のうちに晩年を遂げます。

 スヴァボが当時収集した52作をしたためた原稿は、デンマークの王太子に購入され、長らく王立図書館のコレクションに眠っていましたが、
Matras, Christian
Svabos færøske visehaandskrifter
(コペンハーゲン: B. Lunos 社 1939 年)
として、長年を経て世に出されました。

〔* 蛇足ですが、バラード英訳本には、Nora Kershaw 訳(1921年)やE. M. Smith-Dampier 訳(1934 年)がありますが、いずれもスヴァボのバラード集は"未出版"としています。 〕
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海藻収集家リングビー

 他にもバラード収集の衣鉢を継ぐ者がでてきました。

 しかし、彼の努力も報われず、バラード集の原稿はやはりデンマーク王立図書館に眠らされ、 日の目をみなかったのです
Færøiske Qvæder om Sigurd Fofnersbane
og hans æt, cover page
初めて出版されたバラード集—H・C・リングビー編Færøiske Qvæder(1822年)の扉ページ。
1) P. M. Hentze J. Klementsen が収集した<サンドイ島本>Sandoyarbók、2) H. Hansen が収集した<フグロイ島本>Fugloyarbók や 3) N. Nolsø[e] 等の原稿。
−資料: F. York Powell 訳 Faereyinga saga の序文。

 とあるとき、ひとりのデンマーク出身の自然学者が、海藻の標本を収集しに フェロー諸島を訪れます。

 その名をハンス・クリスチャン・リングビー Hans Christian Lyngbye (1782-1837)

 リングビーは、フェロー語に精通していないなどのハンディにもめげず、熱心にバラード収集にあたりました。

 そして、その音写表記によるバラード集はついに出版されたのです〔* 左図参照〕。それが:
Færøiske Qvæder om Sigurd Fofnersbane og hans æt
(ファヴニル殺しシグルズとその一族のフェロー歌謡)
(Randers 市: S. Elmenhof[f] 出版社 1822 年 xxiii + 592 p)
 でした。

 題名の通りこの収集の中核をなすのは、ヴォルスンガ族の竜殺しシグルズの−すなわちフェロー式に言えばシュルルのバラード群 Sjúrðar kvæði 〔* ⇒ 解説です。

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音写表記と正表記法

 19世紀の前半、バラードの収集がはじまったころは、読み書きはデンマーク語でするものと決まっていました。フェロー語は、口語として喋られていましたが、 統一された書記法は、なんとまだなかったのです。

 ですので、この期間のバラード収集家は、デンマーク語式に発音することを前提とした、音写表記を使っています。基本的には似通っていますが、 独自に編み出した工夫があって、統一はされていません。

 そして更なる課題:小さいながら、フェロー諸島には、言い回しや発音など地域ごとに方言の違いがあります。これは、方言がほぼ無いとされるアイスランドとは対照的です。

 このままでは、発音が微妙に違った島ごとに異なる書記法ができてしまいます。

 たとえばバラード先駆者のスヴァボはヴォーアル島の出身、リングビーはサンドイ島でバラードを収集、『フェロー諸島の人々のサガ』の訳者でバラードや民話の収集家だった J・H・シュローターは(司祭としては スヴロイ島に勤務しましたが)、トゥシュハウン出身ですので、ストレイモイ島の方言を使っています。また、<サンドイ島本>の方言も少し違います。

 この音写表記の導入の推進派もいました。民話やバラード収集家のヤコブ・ヤコブセン (1864-1918) などがそうです。

 一方、まったくちがう発想をもった一派がありました。ハンメルスハイムブ〔* 後述〕が 1846 年に考案し提唱した書記法で、ノルド語・アイスランド語に近い綴りを使うが、フェロー発音で読みくだすというものです。議論は白熱しましたが、結局、ハメルスハイムブ法が正表記法として採用されたのです。
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ハンメルスハイムブ牧師

 デンマークの民俗学者スヴェン・グルントヴィ Svend Hersleb Grundtvig (1824-1883) は、独自でもデンマークの
バラード収集を行っていましたが、 ひとりのフェロー出身の若輩の神学生に目をつけ、故郷のフェロー諸島のバラードの収集をすることを奨励しました。

 それがのちのV・U・ハンメルスハイムブ牧師 Vences­laus Ulricus Hammershaimb (1819-1909) だったのです。

 ハンメルスハイムブは、1847-8 年と 1853 年の二回にわたって、フェローの民俗資料収集を目的に帰郷しました。 出身地ヴォーアル島を中心フェローの方言、バラード、民話などを採集しています。
V.U. Hammershiamb (フェロー諸島の 100 Króna 紙幣)
V・U・ハンメルスハイムブ—フェロー諸島の新紙幣(100クローナ)の肖像画。
 ハンメルスハイムブは、これまで収集家が独自工夫の音写表記でバラード詞を記述していたやり方を廃して、 標準化されたフェロー正表記法で記述しました。

 そのバラード集 は、題名Færöiske Kvæder. (コペンハーゲン刊行・全2巻 1851-55 年)として出されているということですが、それは次のことらしいです:
出版元:
Nordiske literatur-samfund
(北欧文学協会)
機関紙/シリーズ名:
Nordiske oldskrifter
(1847-85年 全33巻)
巻名:
V.U. Hammershaimb,
Færöiske kvæder
(1851年:第12巻、1855年:第20巻)
 これは図書館によっては学芸誌としてカタログ登録されていますのでご注意されたし。
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バラード集大成 CCF

 ハンメルスハイムブはしかし、フェロー全土のバラードを収集するには至らずに、この プロジェクトをグルントヴィ〔* ⇒肖像にさしもどす形となりました。

 グルントヴィは、ヨーアン・ブロック Jørgen Bloch (1839-1910) という 良き同志を得て、共同でフェローのバラードの大著を完成させました。
Føroyja Kvædi:
Corpus Carminum Fæ­roensium

(第1 ~ 15 巻 — 1876 年)
(第16 巻 — 1889年)
(増補巻 x 2 巻— 1896, 1905 年)
 * 同書は、クリスチャン・マトラス Christian Matras とN・デュルフース Napoleon Djurhuus が再編集し、 全六巻で再出版されています(1941 - 1972 年)。

 この大著(以下、『CCF』) には、1850 年以前に作成されたバラード 256 種が収められています。 そして同じ「一種」の作品でも、いくつか異なるバージョンが存在する場合もありますが、そのような 異本もかなり周到に収められています。よって、粗で計上しますと、 全部で 7 万詩節に達するそうです。

 例えば、「鍛冶師レギン」のバラードは、CCF 1 の目録番号がついていますが、ハンメルスハイムブが記録したもの(おそらくヴォーアル島のもの)を正本とし、 シュローターが1818 年に記録したスヴロイ島のものをバージョン A、<サンドイ本>にあったもの(1821 年)をバージョン Ba、N. Nolsøe が記録したもの (1840 年)をバージョン Bbという具合にです。1850年代以前に収集されたものは、もともと音写表記で記録されてましたが、『CCF』ではすべて正書法に直されています。

 『CCF』は、かならずしも合理的な順番でカタログ化されていませんが、その内容を明細化すると次の表のようになります:
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 見てみると、これははっきりいって、かなりわかりにくい整理のされかたなのですね。たとえば、トロルなど魔物の登場する物語の、分類は A だったり E だったりします。 場合によっては、主に E に分類するが、 A の要素もある、とか付記しているようです。

 後、なぜ「ラグナル」が、他の伝奇的サガと一緒に分類されないのか?も疑問ですし、「歴史的」というカテゴリーには、オーラヴ王や、ロロ、または『フェロー諸島のサガ』の人物もあてはめられるのでは?と思ったりします。

 下表は、基本的に TSB の連番順で、オンラインテキストが入手できるものはほとんど挙げています。シャルルマーニュ関連のバラードのほとんどは、ひとつの長編バラード(CCF 106)に収納されているのですが、下に個々のサブ・バラード名で列挙しました。これらは、まだほとんどオンライン化されていません。
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スカンジナビアのバラード・タイプ − TSB
(The Types of Scandinavian Medieval Ballads — TSB)

# - 日本語訳(当サイト) $ - 英訳 (x) - TSB 番号が未採番
A: Kvæði um pátrúgv 迷信・おとぎ話バラード
(英雄でない凡夫と小妖怪、幽霊)
ブランカンヴァトンスオイリの不具者$[哀訴の骨の]ハープの韻歌
空飛ぶ求婚者 [Flúgvandi biðil]魚人シグニルドと小人
薔薇騎士オーラヴルアーラダル谷のトロル
B: Halgikvæði 聖教バラード
(聖人伝など)
$聖母マリア−1$聖誕祭聖ヤークプ(聖ジェームス)
$ルディス[ヘロデ王]$聖ニコラス($2)、
$聖ギョールトルージュヴ(聖ゲルトルート) (⇒ 蘭訳)、
$聖母マリア−2トルキルの娘たち
C: Søgukvæði歴史バラード マルグレーテの歌乙女マルグレーテエイウンの歌、 等、少数。
D: Riddarakvæði騎士道のバラード
(騎士道愛の物語、宮廷詩もの)
$ペートゥル卿とエリンボルグスヴェイン王ロイスニングル
セラモン騎士と許婚(FB) ブルーンスヴァイン父と娘グンナル
フローヴィン・ベーナディクトッソン
ラグナル・ロズブロークのサガもの:
ラグナルゲスト(アースラ)の韻歌

E: Kappakvæði

英雄バラード
(ヴォルスンガ・サガ等英雄サガ群
カルルマグヌース・サガ[シャルルマーニュ伝説]、巨人もの)
アンガンカーリヤトヴァル悪漢ヘルムンド
アースムンドゥル・エァウァルスソン
#ミウェアルネシのグリーム勇者イドルフギ

巨人・魔物・神:
アースガルのオーヴィン[アスガルズのオーディン]
#スクルィームスリ#ロッチの小話 ホルナランドのトロル
$ブルーサヨーキル(魔物)巨人と乙女

サガ:
(x)オルムリン・ランギ(長蛇号) [⇒オーラヴ・トリュグヴァッソンのサガ]
(x)グレッティル [⇒強者グレッティルのサガ]
ヒルディブランドの歌 (スニョルヴの歌)[⇒勇者殺しアースムンドのサガ]
アールヴゥル王[⇒ハールヴのサガ]
チャルタン〔キャルタン〕の小話 [⇒ラクサー谷の人々のサガ]
ゴングゥロールヴ [⇒ゲング=フロールヴのサガ (ノルマンディーの祖ロロ)]
『フェロー諸島のサガ』関連
(x)熊殺し(x)ブレスティル[シグムンドゥルの父]
ヨームスボルグのヴィーキング#シグムンドゥル・ブレスティッソンの古歌
(x)トロンドゥル
『ヘルヴェルトヘイズレク王のサガ』関連
$ なぞなぞ韻歌$ アルングリームの息子たち
$ ヒャールマルとアンガンチュール
シュルル(シグルズ)のバラード群:
ノルナ=ゲスト#鍛治師レギン(シュルル第 1 話)
ホーグニの小話(シュルル第 3 話)
$ブリンヒルドの小話(シュルル第 2 話)$ 名うての勇者ウィースマル
美しい小人の乙女 (ドヴェルグの乙女II)
小人の乙女アーサ (ドヴェルグの乙女III)
$ シュルルと小人の乙女 (ドヴェルグの乙女I)
クヴォールフィンの小話 (ドヴェルグの乙女V)
カルルマグヌス(シャルルマーニュ):
[騎士]アリガスト-A[騎士]アリガスト-B (乙女ゴルトラ)
ブラグドゥルの小話カルマグヌスの夢カルロト[=シャルロ] (JP II p.43)、
エムンドフローヴィンの韻歌大法螺の小話ヒルミル (JP II p.57)、
オッドヴァルドオルガルオーリヴァル[=オリヴィエ]オールヴァローラント
ルンシヴァルの戦い[=ロンスヴァル](十二臣将)
ヴィルヨルム・コルヌス[=オランジュの「鉤鼻」ギヨーム]
F: Skemtikvæði ユーモア的バラード 家の信心と農夫機織り女ヴェヴプイカン(MP3) 、 鳥のバラード男と若者


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