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サガの成立経緯
『フェロー諸島の人々のサガ』の原型の著作品は、十三世紀初頭に成立したと推定されますが、元来の作品は、すでに現存しておりません。
しかし、『オーラヴ・トリュグヴァッソンのサガ』や『聖オーラヴ[・ハラルドッソン]のサガ』などを読みますと、ところどころフェロー諸島史の引用と推定される部分があります。
といいましても、この両オーラヴ王伝、参考になるのは、よく知られるスノッリ著『ヘイムスクリングラ』(1230 年頃)に収録されたバージョンではありません。
有用なのは、通称『オーラヴ・トリュグヴァッソンの最大のサガ(Ólafs saga Tryggvasonar en mesta)』と呼ばれる拡張版です。これは、アイスランドでもっとも美しい羊皮紙写本といわれる<フラテイ本>(1390 年頃)〔* 右図参照〕に書写されています。
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— 王立図書館旧コレクション 1005番フォリオ本 (Gks 1005 fol)
1971年以来、レイキャヴィク、アールニ・マグヌースソン研究所 所蔵 courtesy SÁMÍ(Stofnun Árna Magnússonar á Íslandi)
<フラテイ本>上は、『フェロー諸島の人々のサガ』の冒頭部。 (⇒)
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拡張版オーラヴ伝は、スノッリの作品をベースに、補足情報を継ぎ足していった結果です。そのなかには、フェロー諸島とも関わる逸話も多くありました。
今に伝わる『フェロー諸島の人々のサガ』は、そうした細切れとなった挿入逸話や引用文を、なるべく元通りになるようにつなぎ直して再現したものなのです。
近代になって、そのつぎはぎ作業をおこなったのが、C・C・ ラヴン Carl Christian Rafn (1795-1864) というサガ編者でした。ラヴンの努力の成果が: 『Færeyínga saga eller Færøboernes historie i den islandske grundtekst med færøisk og dansk oversættelse』という出版本〔* 右図はその複写〕です。 |
ラヴン編『フェロー諸島の人々のサガ』の出版本。 テキストが始まる第1ページ目(部分)。左欄がアイスランド語、右欄がフェロー訳、
下がデンマーク訳という構成。
(⇒)
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この本は、対訳ならず"鼎訳"で、古アイスランド語の原文に、J・H・シュレーター Johan Henrik Schrøter (1771-1851) がフェロー訳を付け、そしてラヴンがデンマーク訳や註釈を付けています。
この年代は、まだフェローの正表記法が確立する以前でしたので、現在とは違う音写表記が使われています。
参考のため、少しここで見比べてみましょう:
シュローター訳(音写表記):
Ajn Mävur èr nevndur Grujmur Kamban,正表記: Ein maður er nevndur Grímur kamban,ご覧の通り、正表記の綴りだと、見た目はアイスランド語に近いのですが、発音は異なるのです。 |
ちなみに翌年にはすでにドイツ版(要は上の再版ですが、巻末にドイツ訳と解説がついたもの)が出されていますので、併記しておきます: 『Færeyínga saga; oder, Geschichte der bewohner der Färöer im isländischen grundtext mit färöischer, dänischer und deutscher übersetzung』 フェロー正表記法による訳は、後年、 V・U・ハメルスハイムブ牧師 Venceslaus Ulricus Hammershaimb (1819-1909) (* ⇒ 肖像画) が、 『フェロー諸島の人々のサガ』を手がけました。 この人物は、若き神学生の頃にバラード収集につとめた功労者であり、また、フェロー正表記法が確立されるまでの運動の立役者です。(⇒)
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サガの語り手は、キリスト教布教の勢力についたシグムンドルのおこないを美談化しつつ、異教を擁護したトローンドルを、とかく悪漢として描いています。そうするあたり、筆者はおそらく修道僧か教会の聖職者ではないかとも言われます。
さらには、文体のスタイルから、また作者が、どうもフェローの地理にあまり精通していないふしがあることから、「ノルウェー諸王のサガ」や<アイスランド人のサガ群>を執筆した人たちと同派のアイスランド人ではないかとも推察されています。
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