HOME > 日本語 HOME > サガ&エッダ目次 > 『散文エッダ』「詩の語法」第49章:ヒャズニングの争い

Hogni bearing a sword (drawn by Kiyo)
* 以下は、魔剣ダーインスレイヴ(*ダインスレイフとも)の話の典拠である、 スノーリの『詩の語法』のいわゆる「ヒャズニングの戦い」の章を、英訳から重訳したものである。

人名の初出はマークをつけ、名を指すとポップアップ解説するようになっている。 地名は、オークニー諸島には印をつけたが、これは通常の地理名という ことである。つまり、諸島は現在英国領であり、ほとんどの地図帳では英読みの「オークニー諸島」で載っているはずである。 ホー島というのはアイスランド語読みなので印をつけた。というのは、一応 「シェットランド諸島のホイ島」であると識別されてはいるが、 100%ではなくて、もしかすれば「〇〇諸島のX島」ではないか、 という異説がありうるという気がしたからである。

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Snorra Edda:
Skáldskaparmál Kap. 49:
*
Frá Hjaðningavígum
(eða Frá Héðinn ok Högnam)

[* eftir Finn Jónsson, 1907. Guðni Jónsson 1935/1945 hefur Kap. 62. ]

『散文エッダ』
「詩の語法」第49章*

ヒャズニングの争い
別名 「ヘジンとヘグニの戦い」

〔* 編書によっては第62章/第50章、等→解説
{古アイスランド語テキスト}
(Finnur Jónsson 1907 編 + indent/paragraph 追加)

Orrosta er kölluð Hjaðninga veðr eða él ok vápn Hjaðninga eldr eða vendir, en saga er til þess.

Konungr sá, er Högni er nefndr, átti dóttr, er Hildr hét; hana tók at herfangi konungr sá, er Héðinn hét Hjarrandason; þá var Högni konungr farinn í konunga-stefnu; en er hann spuðri, at herjat var í ríki hans ok dóttir hans í braut tekin, þá fór hann með sínu liði at leita Héðins ok spurði til hans, at hann fór norðr með landi. Þá er Högni konungr kom í Nóreg, spurði hann, at Héðinn hafði siglt vestr of haf. Þá siglir Högni eftir honum allt til Orkneyja, ok er hann kom þar, sem heitir Háey, þá var þar fyrir Héðinn með lið sitt.
Þá fór Hildr á fund föður síns ok bauð honum men at sætt af hendi Héðins, en í öðru orði sagði hon, at Héðinn væri búinn at berjask ok ætti Högni af honum engrar vægðr ván. Högni svarar stirt dóttur sinni. En er hon hitti Héðin, sagði hon honum, at Högni vildi enga sætt, ok bað hann búask til orrostu, ok svá gera þeir hvárirtveggju, ganga upp á eyna ok fylkja liðinu.
Þá kallar Héðinn á Högna, mág sinn, ok bauð honum sætt ok mikit gull at bótum.
Þá svarar Högni: »of sið bauttu þetta, ef þú vill sættask, því at nú hefi ek dregit Dáinsleif, er dvergarnir gerðu, er mannsbani skal verða, hvert sinn er bert er, ok aldri bilar í höggvi ok ekki sár grœr, ef þar skeinist af.«
Þá segir Héðinn: »sverði hœlir þú þar, en eigi sigri; þat kallak gott hvert, er dróttinholt er.«
Þá hófu þeir orrostu þá, er Hjaðninga-víg er kallat, ok börðusk þann dag allan; ok at kveldi fóru konungar til skipa. En Hildr gekk of nóttina til valsins ok vakði upp með fjölkyngi alla þá, er dauðir váru. Ok annan dag gengu konungarnir á vígvöllinn ok börðust ok svá allir þeir, er fellu inn fyrra daginn. Fór svá sú orrosta hvern dag eptir annan, at allir, þeir er fellu, ok öll vápn, þau er lágu á vígvelli, ok svá hlífar, urðu, at grjóti. En er dagaði, stóðu upp allir dauðir menn ok börðust, ok öll vápn váru þá nýt. Svá er sagt í kvæðum, at Hjaðningar skulu svá biða Ragnarøkrs. Eptir þessi sögu orti Bragi skáld í Ragnars-drápu loðbrókar:

[HJAÐNINGAVÍG.]
252. Ok ofþerris æða
óskrán at þat sinum
til fárhuga fœra
feðr veðr boga hugði,
þás hristisif hringa (5)
hals, in böls of fylda,
bar til byrjar drösla
baug ørlygis draugi.

253. Bauða sú til bleyði
bœti-Þrúðr at móti (10)
malma mætum hilmi
men dreyrugra benja;
svá lét ey, þótt etti,
sem orrostu letti,
jöfrum ulfs at sinna (15)
með algifris lifru.

254. Letrat lýða stillir
landa vanr á sandi,
(þá svall heipt í Högna,)
höð glamma mun stöðva, (20)
es þrimregin þremja
þróttig Heðin sóttu,
heldr an Hildar svira
hringa þeir of fingi.

255. Ok fyr hönd í hólmi (25)
hveðru brynju Viðris
fengeyðandi fljóða
fordæða nam ráða;
allr gekk herr und hurðir
Hjarranda fram kyrrar (30)
reiðr af Reifnis skeiði
raðarálfs mari bráðum.

256. Þá má sókn á Svölnis
salpenningi kenna,
Ræs göfumk reiðar mána (35)
Ragnarr ok fjöld sagna.


Orrosta er veðr Óðins, sem fyrr er ritat; s Víga-Glúmr:

257. Rudda ek sem jarlar,
(orð lék á því,) forðum
(með veðrstöfum Viðris
vandar) mér til landa.

Viðris veðr er hér kallat orrosta, en vöndr vígs sverðit, en menn stafir sverðsins; hér er bæði orrosta ok vápn haft til kenningar mannsíns. Þat er rekit kallat, er svá er ort. Skjöldr er land vápnanna, en vápn er hagl eða regn þess lands, ef nýgervingurn er ort.

[end of Ch. 49 of Brodeur tr. 1916/ Finnur Jónsson ed. 1907]

{拙訳}
(Brodeur 英訳より重訳)

「戦いは、ヒャズニング族風候または吹雪といわれる、武器はヒャズニング族のまたはという。それにまつわる逸話は次なるものである:
ヘグニという王にはヒルドという娘があったがヒャッランディの子ヘジン王 が、彼女を分捕り品として奪った。(→註49-1)これはヘグニが諸王の集いに出かけていた(留守)中であった。しかし、ヘグニは自国に侵寇がなされ、娘がかどわかされたことを知ると、その軍隊を率いてヘジンを探しに発った。ヘグニがノルウェーに着くと、ヘジンはすでに西方に帆走していったと知らされた。ヘグニは後を追って船を帆走ほばしらせ、オークニー諸島まで接してきた。そしてハー* シェットランド諸島のホイ島〕に上陸したが、 そこには先刻より、その一門をひきつれたヘジンが居た。
さすればヒルドは、その父上に会いに行き、ヘジンに代わって和睦のしるしの首飾りを差し出そうとした。されど、これをお拒みになろうものならば、 ヘジン殿にも戦うお覚悟があり、そうとなっては、もはや手かげん容赦を望むべくもありませぬ、とヒルドは言った。 ヘグニは、屹度きっとばかりに娘に返答した。ヘジンの元に帰った彼女は、ヘグニが和解などこれっぽちも望んでおらぬことを告げ、戦闘の構えをとるようにと言った。そして両陣とも、その通りを行った。島に上陸し、軍を整えたのである。
ヘジンは、舅のヘグニに呼びかけ、和睦を求め、多大の黄金でもって侘び金といたすと申し出た。しかしヘグニはこう答えた。「その申し出はとうに遅すぎた。わしはたったいま小人ドヴェルグのこしらえた名剣 ダーインスレイヴ* ダーインの遺産〕を抜いたところじゃ。ひとたびこれを剥き身にさらせば、人をあやめずにはおかず、その斬撃はけしてあやまたず、かすり傷すら負えば断じて治らことかなわない」と。
 するとヘジンが言った: 「そなたは剣の自慢は達者なれど、勝利の自慢はできぬようじゃの。わしなら、その仕え主つか  ぬしに忠実でさえあれば良き剣と呼ぶに足るがのう」そして、人呼んで《ヒャズニングの争い》と称す戦いを開始し、その終日ひもすがら闘ったが、夕刻になると王らはそれぞれの艦に帰還した。夜になると、ヒルドは戦死者の元へ参り、 諸々の術フィエルキュンギをもて死せり者を皆ことごとく、蘇らせた。翌日も王らは戦場で闘い、前日斃れたはずの者も皆戦った。このようにして戦闘は、日々くりかえされた。斃れた者らみな、そして戦野に横たわる武器ら、またにおよぶまでは、石と化した。しかししののめがおとずれるや、死者はみな起き上がり戦い、武器も真新しくなっているのだった。詩歌が語るところによれば、ヒャズニング一族は、このように、神々の黄昏ラグナレクに至るまで[果てしなく]やり続けるのだという。詩人スカルドのブラギ(→註49-2)は『ラグナルへの頌歌ドラーパ〔* 『ラグナルのドラウパ』〕の中で、この逸話について詩行を作っている:

引用詩:(→註49-3)

そして、《静脈乾ききらす
欲するラーン〔ヒルド〕は、次いで彼の者〔ヘグニ〕
憤りもたらそうかと、
父のもとへ弓の嵐〔戦い〕を、ともくろんだ
そのとき、喉の環の《身震いするシヴ》  〔ヒルド〕 は、 (5)
まがなる心に満ちつ
《順風駒共》〔船舶〕にまで、 《戦闘の丸太》〔戦士ヘグニ〕の元にまで
たまき携える。

其れは、臆するがために供したにあらず
《治癒のスルーズ》〔ヒルド〕が、《金属の交わり》〔合戦〕にて (10)
高貴なる君子への、
致命傷を血流さす首飾りメンを[供したのは ]。
よって、常日頃素振りこそ、あたかも
いくさ反対するごとかれども
[それはむしろ]王侯らをさしむけたのだ、 (15)
《全くにして兇暴なる狼姉妹〔ヘル〕に。

砂上の《欠土の民の王》〔海王〕
抑えることをせずや。
―ヘグニの怨憎つのる
《戦の騒音》〔狼〕意のままとどめることを[せずに]。  (20)
精強なる 《鍔鳴りの君臨者ら》〔戦士ら〕は、
かえってヘジンを襲いしや、
ヒルドより首の
受けるよりも。

そして小島では (25)
巨人女の帷子〔まさかり〕ヴィズリル〔戦士〕》の代わりに
戦利を台無ふいにせし女性にょしょう
魔女フォルデーザ指揮を執った
全軍は行く、びくとも[動じぬ]《ヒャッランディの
籬》
〔楯〕
もと (30)
奮迅しつ走る《レイヴニルの
海馬》
〔船〕
よりいざ。そは《船の妖精》〔船乗り〕のもの。

そこには襲撃[の場面]が窺える
佳きスヴェルニル〔オージン〕の館の銭貨〔楯〕には。
ラグナルがわしに下さった《レールの乗物〔船〕〔丸楯〕 (35)
数多の物語ありけり

戦いはオージン神の風候と呼ぶが、それは上で記したごとくである。ヴィーガ=グルームは、 以下のごとく歌っている。(→註49-4)

我は なぎちらして行ったものだ、伯爵さながらに、
( 徒口うわさによれば)かつての頃に、
風候の杭棒おとこたち
ヴィズリルの杖刀剣をとりて各地くにぐにに。

ここでは、いくさのことを「ヴィズリル〔オージン神〕の風候」 と称し、剣のことは「争いの杖」といい、 男どもは剣の杭棒である。 つまり戦争も武器も、男児の比喩に使われるのである。こうした書き方は、「象嵌法レク」という。もし新譬喩ニュゲルヴィングをもちいるなら、盾は「武器の地」であり、武器はその土地の雹か雨である。.


由来:

* 「詩の語法」でスノーリが伝える物語。詳細の異なる伝承は、セルリの小話サーットル(ヘジンとヘグニのサガ)で語られる。ヘグニが引用する詩を読むと、娘のヒルドが戦いを扇動したというキャラクタライゼーションが色濃くなっているが、『小話サーットル』の方では、女神フレイヤ、あるいはそのやからのグェンドゥルという女性が、そもそもの争いの火付け役である。

脚注:

註49-1 * ヘグニとヘジンとの争いについては、『セルリの小話(ヘジンとヘグニのサガ)』でも語られる。 [BACK]

註49-2 * 詩人ブラギ−ブラギ・ボダッソン(9世紀)。古のいにしえ のブラギ Bragni (enn) gamli とも。 この詩人が、ラグナル・ロズブローク(毛むくじゃらの半ズボンのラグナル)から美しい楯を賜った返礼として作した詩が『ラグナルの頌歌』だと伝わる。 [BACK]

註49-3 * スカルド詩の解釈−研究者によって意味、特にケニングの捉え方にかなりの幅があることが伺える。 はじめに戸惑わされるのが、この詩ではヒルドが悪意のこもった扇動者だと重ねて歌われていることである。スノーリが上で伝えている話にも、『セルリの小話(ヘジンとヘグニのサガ)』にも、ヒルドはそうした悪役には回っていない。しかし、古英詩『ワルデール』の断片にあるよく似た話では、ヒルデグンド(≒ヒルデ)が、駆け落ち相手のワルタリウス(≒ヘジン)を、ハガノ(≒ヘグニ)らを相手取る戦いに備えて鼓舞している(あるいはたきつけている)場面があるので、あるいは、そうした伝承があるのかもしれない。[BACK]

註49-4 * Finnur Jónsson は巻末の Skýringar vísna[詩歌の説明]で、この詩節(#257)をこう読み下している。

Ek rudda forðum mér til landa sem jarlar; orð lék á þvi með Viðris vandar (spjóts) veðr (orustu) stófum (mönnum). [俺はかつては伯爵さながらに、道をなぎはらって土地へと行ったものだ、噂されているように、 風候(戦争)の杭棒(男たち)のヴィズリルの杖(槍)をもって]
[BACK]

底本や引用章番号についての解説:

* 「スノーリのエッダ」は手写本に章番が振っているわけではなく、章分けは(分割される箇所も、採番も)編者によって異なる。
 「詩の語法」49章というのは、私が使ったブローダー (Arthur Gilchrist Brodeur 1888-1971)による英訳 『The Prose Edda』 (1916 年刊)による章の分け方(Chapter XLIX)である。そしてその底本は、ブローダーが
序文でふれているフィンヌル・ヨーンソン (Finnur Jónsson 1858-1934) により版行用下準備されたアイスランド語版『Edda Snorra Sturlusonar』(1907年刊)(→表題ページ画像)で、Íslendinga Sögur シリーズ (Reykjavík 市:[Sigurður] Kristjánsson 社 1891-1907 年 全41巻)の第41巻目として出ている vii + 429頁の単行本サイズ(縦幅18cm)である。こちらの市立図書館では、アースムンダルソン (Valdimar Ásmundarson 1852-1902)編のシリーズとそうカタログ掲載している。ただ、本じたいには、シリーズの"41巻"だなどとの記述は見つからなかった。この 215 ページ(第49章→画像)が「ヒャズニングの戦い」の章。

 北欧テキストは、以前ダウンロード入手したものを流用していたのだが、今回このフィンヌル・ヨーンソンの1907版の第41章にある一字一句と照合させることにした。変更箇所は赤く色換えしてあるが、さしたる変更でないことがおわかりいただけるだろう。(幾つかは、単なる入力ミスのようである)ただし、フィンヌル・ヨーンソン版は、改行とインデントが無いのだが、これは便宜上、そのままに残しておいた。フィンヌル・ヨーンソンは、引用される詩の、詩節ごとに通し番号を振っている(ここでは 252 ~ 257)。そして巻末の"Skýringar vísna[詩歌の説明]"で詩を普通の散文に読み下し、ケニングの意味は括弧で解き明かす。

 フィンヌル・ヨーンスンは、1907 年アイスランド語版よりさかのぼって1900年デンマーク語版(デンマーク訳ではなくて解説や脚注がデンマーク語)を出しているが、その校訂本では、「ヒャズニングの戦い」は「47(50)章」らしい。(Jinn さん談)。また、一般的に参照されるのはフィンヌル・ヨーンソン編1931年版(København : Gyldendalske boghandel, 1931. lix + 273 p. 24cm B5サイズ)があるが、こちらは実見していない。フィンヌル・ヨーンソン編 1924年は、Codex Wormianus 写本のもので、ややこしいから詳述しないが、これも章分けが違う。

 また「ヒャズニングの戦い」の引用箇所を、エッダの「詩語法62章」とする邦書もある。 北欧神話(菅原邦城:著 東京書籍 ISBN: 4487750474 1984 年)、80ページにあるという。これについては、幻想世界小辞典サイトの :ダーインスレイヴの項、掲示板より)。私の確認したところでは、グズニ・ヨーンソン(Guðni Jónsson 1901 - 1974)が"版行用に下準備した『Edda Snorra Sturlusonar með Skáldatali (スカルド詩人目録つきのスノーリのエッダ)』(1935 年刊 1945 年復刻)(→表題ページ)において「ヒャズニングの戦い」が第62章であった。詳しく言えば、このグズニ・ヨーンソン校正1935/45年版の第62章(→章初ページ画像)は、フィンヌル・ヨーンソン 編/ブローダー訳の第 48-49 章の二章分のテキストのほぼ全部を含むが、上の "Orrosta er veðr Óðins" (拙訳「戦いはオージンのの風候と呼ぶが、. .」)以降からが第63章(→画像)という構成になっていた。

 また、グレンベック著/山室静訳『北欧神話と伝説』(新潮社 1971)の「永遠の戦い」の章でヒャズニングの戦いについて語られており、「ダインスレイフ」の記述が p.160 にあるとのこと (水槌 さん談)。

 

推奨リンク:

古アイスランド語テキスト

* 『詩の語法』のアイスランド名は Skáldskaparmálです。 以下の電子版だと、"Frá Hjaðningavígum(ヒャズニングの争いについて)"と題する章(章番号は打っていない)になります。 また、引用されているはずの『ラグナルの頌歌』は、以下では割愛されています。 * 『詩の語法』の「ヒャズニングの争い」で引用される『ラグナルの頌歌』は: 内にあり、その「HJAÐNINGAVÍG」の題以下の部分となります。
 この頌歌の全文については、

英訳テキスト

* ブローダー訳だと、『詩の語法』の第XLIX章(第49章)が該当します。 * 上のブローダー訳には、引用されている『ラグナルの頌歌』の訳もついてはいます。ただし、ケニングなどは、読み下されてしまっている訳なので、原文にはあまり近くありません。他の英訳として以下があります:
    Orkneyar サイト上のThe Eternal Battle のページが、 この物語を扱っていますが、サクソ(『デーン人の事蹟』)による記述にも触れています。


訂正・更新履歴
  • 第2文節:オークニー諸島のポップアップの Orkeneyja → Orkneyjar に訂正。加筆。
    ポップアップ文:(Orkneyjar[北欧], Orkneys[英訳]−アイスランド語の -eyjar は -ey 「島」の複数形。
    よってアイスランド式に呼ぶなら「オルク諸島」とでもなろうか。)
  • 第2文節:帆を走らせ→帆走ほばしらせ
  • 引用詩10行目:Þrúðr 「スルール」→「スルーズ」
  • 引用詩28行目:魔女〔フォルデーザ〕のポップ表示が誤→ fordæða に改。
  • 底本 Finnur Jósson編(1907年版)『スノーリのエッダ』のテキストと同期をとった。また、 これやいくつかの編本について「底本や引用章番号についての解説: 」以下でかなりつまびらかに解説。[04.10.30]
  • "Orrosta er veðr Óðins.."以下の一段落ばかり(原文と訳出)を追加。 この段落は、第49章に区分されていはいるが「ヒャズニングの争い」の本題からはずれているので、いままで割愛していたのだが、 ややこしいので含めることにした。[04.10.30]
  • Brodeur 訳のファイルのURL(sacred texts サイト)を訂正。[04.10.30]
  • Brodeur のカナ表記を ブロドゥール → ブローダーに訂正。(* ブロドゥールというのは、フレンチ=カナダ系のアイスホッケー選手 Martin Brodeur の名を英語圏アナが口にするときの発音の仕方を音写してしまった私のミスです。)[04.10.30]

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