由来:
* 推定8世紀頃の成立とされる、アングリア方言のアングロサクソン語(古英語)の詩で、
デオール(「鹿」の語源だが、本来は「野生動物」の意)と名乗る詩吟楽士*
が、パトロンのヘーデニング(ヘオデニング)*
の氏族の恩寵を失い、ヘレンダという新参に役職も領地も奪われたことを嘆いた歌。
古英詩集として有名な 「エクセター写本」 *
に収録されている。この写本は、エクセターの初代司教レオフリック*
(?〜1072年歿)がエクセター 大聖堂付属図書館に寄付したものと伝わる。
脚注:
註1鍛冶師ウェルンド(北欧 ヴォルンド*
)にたいして、
ニーズハード[古英](ニーズズ[北欧])王がおこなった仕打ちも、ヴェルンドが報復として王の若い王子らを殺戮し、王女バドヒルド[古英](ベズヴィルド[北欧])を手篭めにする逸話も、北欧の『詩的エッダ』の一篇、「ヴォルンドの歌」に記される。
その北欧詩によれば、ヴォルンドは「腱の紐」で縛められたのではなく、バスト(しなのきの樹皮の紐)で縛られ、足の腱を切られて歩く自由を奪われたのである。[BACK]
註2 このマティルドについては、なにも伝わるものがない。イェーアト〔〕*
の妻とは、ゲータ族の王妃という意味なのか。あるいは、伝説的なゴート族の太祖のことか、それとも他の人物か。ここは、イェーアト〔〕王の恋慕の思いがありあまるがゆえの気苦労と解釈する訳もある。[BACK]
註3 テオドリック(独 ディートリッヒ*
、北欧シオーズレク*
)は、ベルンの王だったが、国を追われることじつに三〇年。アッティラの宮廷ですごしたことになっている。古『ヒルデブラントの歌』でも、忠臣のヒルデブラント「夏と冬を数えて60季」、追放の身ですごしたことがわかる。メーリングの都はいまひとつ不詳だが、リュードベリが『ゲルマン神話』43章で、解読を試みている。「メロヴィングの都」という解釈もある。[BACK]
註4 エルマンリク*
は、上のテオドリックの叔父でありながら、それをベルンの国から追った張本人である。
また、この王がある女性を馬で曳いて四つ裂きに(あるいは踏みしだかせて)無残に殺し、その女性の兄弟に仇討ちされる逸話は、ヨルダネスの『ゴート人史』にもみえ、また『詩的エッダ』でも、殺される女性が、グズルン女王に生まれたシグルドの遺児の娘という設定で書き綴られる。[BACK]
註5
ヘーデニング(ヘオデニング)一族*
とは、
ヘーデン(ヘオデン)[古英]*
を祖または長とする一族の意味。
またはヒャズニングの諍い*
が出ているが、これはヘジン王*
が英雄王が、ヘグニ王の王女ヒルデを奪い去り、婿と義父がはてしない戦争をくりかえす物語で、後世の『ソルリの話(とヘジンとヘグニのサガ)』*
でもとりあげている。
また、中高ドイツ詩『クドルーン(グードルーン)』の第2部は、この再話で、ヘッテル王*
が、ハーゲンの娘のヒルデ(II世)を見初め、ワーテ*
やホラント*
を求婚の使者に遣わす。 [BACK]
註6 「わたしは名前をデオールと云った」と過去形になっているのは、「デオール」と
"dear (可愛がられた)"にかけた語呂あわせである。つまり寵を失ったことをみずから皮肉っているのだ。[BACK]
註7
宮廷楽士ヘーレンダ*
の北欧形はヒャルランディ*
であるが、これは『詩の語法』49章では、註5でふれたヘジン王の父王の名。『ソルリの話(とヘジンとヘグニのサガ)』では、このヒャルランディは、セルクランド*
(=北アフリカの国?)の王である。
しかし、中高ドイツ詩『クドルーン(グードルーン)』の第2部では、ヘッテル王の嫁としてヒルデ姫を迎えにいく使命をおびた使節団の一人が、ホラント*
という。宮廷楽士でこそないが、その演奏のたくみさに姫はすっかり傾倒してしまい、その歌が毎日聞けるのならと、ヘッテル王の国への嫁入りを承諾する。 [BACK]