HOME > 日本語 HOME > ライナー・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke > 『新詩集』第 2 部

aus Neue Gedichte -- Anderer Teil




1. Archäischer Torso Apollos [古代アポロン像の胴体]
2. LEDA [レーダー]
3. Der Alchemist [錬金術師]
4. Die Irren [狂人たち]
5. Eine von den Alten [老女たちの一人]
6. Eine Welke [色あせた人]
7. Römische Campagna [ローマの平野]
8. Die Parke[公園]
9. Die Laute [琵琶(リュート)]
10. Don Juans Kindheit [ドン・ファンの幼き頃]
11. Dame auf einen Balkon [バルコニー上の貴婦人]
12. Übungam Klavier [ピアノの稽古]
13. Die Flamingo [フラミンゴ達]
14. Der Einsame [孤独の人]
15. Das Kind [子供]
16. Der Käferstein [甲虫石(スカラベ)]
17. Buddha in der Glorie [栄光の仏陀]

1. Archäischer Torso Apollos [古代アポロン像の胴体]

我らには知れない、その聞かれずの首を、
瞳の実りどころを。だがその胴体は、
燭台カンデラブルムのごとく灯り、いまだに、
こちらを見つめるようななにかが、火を細くさせてはおれど、

持ちこたえている、輝いている。さもなくして、
その胸のえがく弧が目にまばゆかったり、そのふくらはぎの
かすかなねじれが、生殖をつかさどる中心へ
向かって、微笑を形作ったりがどうしてできよう。
さもなくば、この石塊も両肩のしたの見えざる崩壊の下で、
冒涜され、丈も削りとられ、
野獣の皮のような艶光りを失い、

かつての、外殻からはじけ出るようだった
恒星のようでもなくなってしまっていただろう。君が見られていない
場所はない。君は生き様を変えねばなるまい。

ここでは「古代」としたが、厳密にはギリシアのアルカイック美術(前6世紀ころ)の彫刻をさしている。写実的な古典美 術以前のいわゆる「アルカイック・スマイル」様式。ただ、この詩の像は首を欠いているので、それすら見られない。が、のこった胴体 にその面影が偲べることを暗示している。

2. LEDA [レーダー]

ゼウスの神が、必要に駆られてその体に乗り移ろうとした時、
白鳥のあまりの美しさに、あやうく驚かされそうになったものの、
そんな狼狽をものともせず、神は鳥になりすますのだった。
もとより神の企みは、とある生命の

知れざる心を試すこともせず、ただ行為のみを
果たすことにあった。こじ開けられ、女は
すかさず、ぬかりなく白鳥の正体を見破りつつ、
その謀略もくろみがただひとつにある事を悟る。

だがあらがうことよりもまず、戸惑いが先ばしって、
身を隠すにいたらぬじまいだった。神は舞い降りて、
力のゆるむ手の間に首をねじこませ、

愛しい少女のうちに、したいがままをふるって、
そうして始めて、神は自分の翼に喜びを見出し、
彼女の膝元で、真に白鳥となりえたのだった。

ゼウス神が白鳥に身をやつしてレーダーを誘惑す るギリシャ神話から。 ちなみにレーダーの卵から生まれたのが、トロイア戦争の原因となった ヘレンと、双子座の兄弟(カストールとポルックス)とされる。

3. Der Alchemist [錬金術師]

皮肉な笑みをたたえ、学者は
煙のおさまりかけた蒸留器レトルトを押しのける。
それは、欠けていた要素の正体を、ついに突きとめたためだ。
このガラスの器に発生するはずの

素晴らしき物の製造法を。要るものは歳月、それも
何千年もの時を、それを自分は気泡立つ
洋ナシ型のガラス器とともに要する。その頭脳のためには
星たちを、その意識のためには海洋の容量かさを要する。

果たすべき望みの、その巨魁なものを学者は
夜のただなかへと解き放つ。すると
太古の調律に合わせて、神の御許に還えりゆく。

だが、繰り言ばかりに酔いしれる人か、狂人さながらになって、
学者はその神秘の中に横たわり、欲するものはただ、
既に我が物とした黄金のひとかけらだった。

4. Die Irren [狂人たち]

彼らは何も言わない、なぜなら彼らの頭脳からは、
仕切るべき壁が取り外されてしまっているから。
そして彼らを理解できる刻限が、
訪れては去ってゆく。

夜になるとよく、彼らは窓際に寄ってきて、すると、
ふと、すべてがまともにかえったようになる。
彼らの手が有形のなにか物体に触れ、
心は高らくなり、祈る事も出来るようになって、
安堵の目で何を見つめたかといえば、それは

望まれてさえもいなかった、しじゅう荒れっぱなしの、
静かな街角の花壇だった。そしてそれは、
この不思議な世界に映しだされたいじょう、
たえず育ち、決して廃れたりせぬのだった。

5. Eine von den Alten [老女たちの一人] −パリ市−

しばしば夕どきに、(この気分、君にもわかると思うが、)
老婆が突然、立ち止まり、振り返りざまにうなずき、
その笑顔が途切れ途切れに、
半隠れの帽子からのぞく。

後ろは、ただ建物ばかりがきりなく、
そこづたいに導くような、まるでたぐい寄せられるようななにかがある。
それは老婆の謎めいた、かさぶた傷だろうか、
その帽子と、肩掛けと、歩く姿だろうか。

あるいは、懐中にしまいこまれて
じっと待ち望んでいる手だろうか。
君なんかの手を、もみくちゃにした紙で
くるんだような、その手だろうか。

6. Eine Welke [色あせた人]

軽やかに、まるで亡くなった後の人のように、
彼女は手套をはめ、ハンカチを握り、
あるなにかの香が化粧台にたちこめ、
彼女の好みの匂いを追い払う。

それは彼女が自分を知る匂いだ。
今はもう、自分は誰なのかと心に尋ねる
こともしない(それは遠い親戚のだれかだったが)
今はただ考えごとをしながら、

几帳面にととのえた部屋を世話し、
整頓し、守りぬいている。
なぜなら、同じかつての少女が、もしかすれば今でも
そこに住みついているかもしれないから。

7. Römische Campagna [ローマの平野]

ごみごみとした都市まち、どうせなら寝静まり、
高貴なる温泉を夢見たい都市をいでて、
墓標道は炎熱のさなかをまっしぐらする。
次々と後にする農家の窓は、

よこしまな眼でその道を追う。
道は、それらをずっと首に食らいつかせたまま、
通りすぎては左右を破壊してゆき、
そしてついには外に出て、息を切らせて追求しながら、

その《空虚》を空に舞いあげ、
すぐさま周りを見回し、窓に
みられているものかを確かめる。そして、しぐさで

遠くの水道橋アクエダクトに近寄らせると、
空はその《空虚》を持ち去り、代わりに
自分の《空虚》を、自らよりも末長いそれをもたらすのだった。

アッピア旧街道。地下墓(カタコンベ)やローマ の水道橋がある。

8. Die Parke[公園]

I.
抑えられきれずに、公園は、おだやかに
瓦解しゆく《時の移り》のただなかに興る。
上空の圧迫の下で、
根強すぎるほどの慣わしが、

澄んだ芝生の上を覆い尽くす−なぜに、
いまいちど拡がり、そして退いてゆくがために。
しかも、常に同じ王侯にふさわしき、
豪華さに護られるかのように。

それでもまだ,たえず王侯にふさわしき、
威容の姿を殖やしつづけながら、
みずからに発生し、みずからに還りゆく。
華々しく、色朱く、見目麗しく、仰々しく。

VII.
だが、貝をかたどる水盤に、水の精ニンフ
の影が、沐浴みずあびするかわりに、
水底で溺れるように身をよじらせたりしている。
街道は遠くにあって、欄干で
閉ざされて、まるで通行止めのようになっている。

湿りきった落ち葉が、しきりに散ってゆく。
宙の中、階段を下ってゆくごとく、
どの鳥の鳴き声も呪われたかのようだ、
ナイチンゲールたちも毒に侵されたかのようだ。

さらには春さえがもう、恵み深くはない、
これら潅木にしたって、そう信じてはいやしない。
陰鬱とした、枯れかけて干からびた
ジャスミンが渋々と、腐蝕の気が混じった、

しおれた香りを漂わす。
歩けばブヨの大群が寄ってくる、
まるで通り過ぎたあとには、
すべてが抹殺され、もみ消されてゆくように。

9. Die Laute [琵琶(リュート)]

私は琵琶リュート。私の体を、この丸く反りかえる
麗らかな縞線をえがいた体を、もし表現するならば、
丸く、ふくらかなイチジクの実を
語るつもりでするがいい。誇張げに

私の影の部分を書き綴るがいい。それはトゥリアの、
彼女の陰と等しい。彼女の羞恥の部分は、
さほどではなく、明るい髪は、まるで
照明にあふれた会堂のようだった。時折、

彼女は私という楽器の表から、歌の
調べを顔に吸い取り、私に歌いかえしてくれた。
そして私は、彼女のか弱さに対して緊張すると、
ついには、この私というものの奥深くを、彼女に入りませるのだった。

十六世紀イタリアの遊女(音楽家、詩人でもあっ た)Tullia d'Aragona としている注釈が多いが、より有名なのは、ローマ詩人 キケロの娘「Tullia」である。伝説によると、彼女の屍体は、アッピア旧街道 に沿った記念碑で、1500年の歳月を経て、見つかった。しかも燭台が灯っ たままで。しかし、外気に触れた途端、その亡骸も燭台もチリと化したという。 しかしここで「Tullia」の正体は謎なら謎のままでよいだろう。(C.F. MacIntyre の注釈より)

10. Don Juans Kindheit [ドン・ファンの幼き頃]

か細い体ながらも、張りつめるまであとひといきの弓が鍛えられていて、
とうに、いかなる女性でさえも、へし折ることはかなわなかった。
時々、その額におしとどめられずに、
ある趣向が顔をよぎる。

すれ違いの一人の女性だ。彼女には
なぜか異様な昔の肖像が宿っていた。
彼は笑った。この子はもう、泣き虫であることをやめた。
暗い、一人きりの場所で涙をこぼしもしなくなった。

そうして、新しくわきあがる自身が、おおいにありあまる
慰めとなって、かえって図にのってしまいそうだった。
彼は異性のまなざしを平気で受けた。
それらの眼は彼に憧れ、彼を自分の思いどおりに引き曲げた。

11. Dame auf einen Balkon [バルコニー上の貴婦人]

突然に歩み出て、そよ風にまかれ、
陽だまりに輝き、ひとり引き抜かれたような女。
しばしするうちに、部屋は切抜きかなにかのように、
背後のドアを満面とかたどり、

浮彫りカメオの背景のように暗く、
ふちどりのところからわずかに、光の洩れをゆるす。
君などは思うだろう、彼女の歩み出るまで
今夜の夜はなかったものだと、彼女が手すりの

上で、体のほんのわずかだけ、ほんの
両手ばかりをかざすまで−軽くなりきるために、
まるで家々の軒並みより空に身をゆだねて、
いかなるものにも振り動くように。

12. Übungam Klavier [ピアノの稽古]

夏がその音を震わす。午後が疲れをさそう。
動転したように、、ま新しいドレスをただし、
彼女はその効果を出しきったエチュードに、
いつ訪れるかもわからない現実への苛立ちを

こめる:明日か、今夜か−
あるいはもうここにあって、ただ隠れているのか。
ふと、気高く、すべてをわがものとする窓から、
彼女は何の不自由も無さすぎる公園の存在に気付く。

途切れた場所で、それきりめにする。彼女は外を
見やって、
手を組み合わせ、長編の読物でもあれば、と願う。
と思えばもう、癇癪がぶりかえして、ジャスミンの
香をはねのけている。その匂いは気分を悪くさせるのだった。

13. Die Flamingo [フラミンゴ達]

パリ市、ジャルダン・ド・プラント公園
フラゴナールの絵にある、鏡に映った姿なみに、ほんの朧げにしか
かれらの白や赤い色は、顕されてはいない。
それはさながら、何者かが自分の愛人の
ことについて、彼女は安らかに眠っているよ、

としか語らないのとおなじことだ。鳥たちもやはり、緑の上にとんと立ち、
総立ちとなって、バラ色の茎をつき軽く身をひねり、
そうやってこぞって咲き華やいで、まるで花壇のように、
かのフリューネそのひとより魅惑的に人を

惑わす。やがて、かれらは首を曲げ、淡い色した目を、
その、みずからの柔らかに、
黒や赤い実の色をした場所に埋めるのだ。

ふと、ある衝動が、檻じゅうに金切り声をあげさせる。
だが、かれらは驚きざまに身を伸ばし、
一羽ずつ、空虚の世界へと歩んでゆく。

Phryne. 古代ギリシャの遊女。彫刻家プラクシテ レスのモデルとなったとも伝えられる。

14. Der Einsame [孤独の人]

いな。我が心からはひとつの塔がそびえ立ち、
我自身、その端に立たされる。
そこには他に何もない、ただ、またもやの苦しみ、
それに名指しがたきもの、それに、またもやの世界が。

それでも《とてつもなき広さの場所》に、いまひとつ、唯一のものが。
それは暗くなったり、明るくなったり、
そしていまひとつ、最後の、なにかを偲ぶ顔が、
《鎮めることのかなわぬ処》に突っ放される。

それでもいまひとつ、至上をきわめる石の顔が、
ただもう、内部の重みが欲するままに。
そして、音もさせず、滅しにかかる《隔たり》が、 より恵まれた境遇を、強いてもたらすままに。

15. Das Kind [子供]

べつにそのつもりでもなく、彼らは子供の遊ぶのを
長らく眺めていた−時々、その横顔から
丸くて生き生きとした素顔がこちらを向いている。
純粋で、完全で、まるで時刻が満ちて

鐘を最後まで鳴らすようだ。
だが他の者は、鐘を数えたりはしない。
労役に心は暗く、人生に動きは鈍り、
その子が頑張ってこらえていることなどには眼もくれない。

その子がいかにしてすべてに耐えているか、たとえば
その子が小さすぎる服を窮屈そうに着せられて、
彼らのとなりに、まるで待合室にいるように
すえられて、順番を待っているのも。

16. Der Käferstein [甲虫石(スカラベ) ]

そなたには星たちさえが、たやすく手に届くのではなかろうか?
そして、そなたがすっぽりと覆い被さっていないものなどあるだろうか?
そなたはこの紅玉髄カーネリアンでできた硬い
《スカラベ石》でさえ、ただでは掴むことができない。

その甲羅にのしかかる空間を、そなたは
血液のすみずみに抱えこまずにはいられない。
かつてこれほどに空間が優しく、親しげに
身をまかせるようなことがあったろうか。

何前年もの間、空間は甲虫たちの上に、
誰にも妨害や利用されることなく置かれ、
そして甲虫たちは身をたたむようにして、
揺り動かされるままに、その重みのうちに眠る。

17, Buddha in der Glorie [栄光の仏陀]

芯の芯、核の核、
己に身を包み、甘味をたくわえた扁桃よ−
この世のすべからく星たちにいたるまでは、
そなたの果実なれば−ようこそ。

見よ、そして、もはや何ものもそなたにはまといつかぬと知れよ。
そなたの外殻からは、無限のはてにあり、
濃い果汁が溜まって殻を蝕み、
そして外からの光線がこれを助けている。

なぜならば天高く、そなたの太陽は
栄光のきわみに白熱し、回転をする。
だがすでにそなたのうちには太陽より
さらに永遠なるものが、これから始まろうとしている。



HOME > 日本語 HOME > ライナー・マリア・リルケ Rainer Maria Rilke > 『新詩集』第 2 部