"A Broadway Pageant"
  —from the Leaves of Grass by Walt Whitman

ホイットマンの書いたサムライ使節の詩

 江戸幕府から当時の米軍軍艦と咸臨丸に乗った、万延元年の訪米使節(The Japanese Embassy of 1860)が、派遣された。咸臨丸はサンフランシスコ湾に投錨し、一行はパナマ鉄道を横断してアメリカ東海岸にむかった。首都ワシントンのみでなく、一行はニューヨークの町をおとずれて、パレードに加わった。そのときの様子を見聞した、ウォルト・ホイットマンが、"The Errand-Bearers (使命を帯びた者たち)"との題で書いた詩が、1860年6月27日付の 「ニューヨーク・タイムズ」新聞に掲載されている。
 その詩はのちに構成を変えられ、"A Broadway Pageant"と改題されて、まずは1865年の詩集『太鼓の響き(Drum Taps)』で出版され、さらに文章に手が加えられて、詩集『草の葉(Leaves of Grass)』の1871年版(ほか1900年版等)に編まれている。


「ブロードウェイ通りのページェント」 
  −W・ホイットマン詩集『草の葉』  より

1

西の洋をわたって、ニフォン国註1より此方こなたへとやってきた、
礼儀ただしい、頬の浅黒い、二刀差にほんざしの使節たち。
幌をおろしたバルーシュ型馬車にふんぞりかえり、無帽なまま、厳粛に  
今日、マンハッタンの往来を乗りすぎる。  自由リベルタード註2よ!わが目にとらえているものを、他の人も目にしているか、
それはわからないけれど、ニフォン国の諸侯らの行列をお供する使者たちが、あるいは  
しんがりを引率し、上側から、周りからまとわりつき、隊伍を編成つつ、行進してゆく。  
けど何にしろ、私は私の目にするものを歌うんだ、《自由リベルタード》よ。
百万の足でマンハッタン[の衆]が、囲いから放たれて鋪道に舞いおりるとき  
雷鳴はじけるような砲声が、私の愛するその轟音で私を奮い立たせるとき、  
丸筒の砲口が、私の愛する硝煙の匂いのなかから、敬礼[の砲を]火吹くとき、  
閃く大砲が、私の全注意をむけさせ、そして空の雲がやってきて  
   私の都市まちを、華奢きゃしゃな薄い霞で覆うとき、
無数のまっすぐな《茎》、波止場の森が素敵に  
   色濃く染まるとき、
豪華に飾られたどの船も、てっぺんに旗を掲げたとき、  
三角旗が尾をたなびかせ、《花づな飾りフェストゥーン》が窓から往来に  
   吊るし掛けられて、
ブロードウェイ通りのことごとくが、徒歩の《往来人ゆききするひと》や
   徒歩の《佇立者たちどまるひと》たちに占拠されて、人ごみのもっとも密集しているとき、
家の正面が、人間でわきかえっているとき、
   いちどに何万もの目が、取りつかれたように目を凝らすとき、  
かの列島からの主賓たちが前進し、ページェントの行列の進行が  
   目にみえるとき、
そして召集がなされ、幾千年[幾星霜]のときを待ちつづけた答えが  
  答えられるとき、
私もまた立ちあがり、そして答え、鋪道に舞い降りて群集にいり混じり、  
彼らとともに目を凝らす。
 
 
2
 
素晴らしい顔したマンハッタン!  
同胞たる《Americanosアメリカーノーズ註3よ!我らにようやくして東洋オリエントが訪れた。
我らに。我らの都市まちに。
いただきの高い、我らが大理石や鉄の美女たちが、左右にのきならぶ
  その狭間を歩みゆくために、
我らの対蹐地たいせきち註4に棲まうかれらは、今日やってきた。  発祥の女神オリジナトレス》は来たり。
言語の揺りかご、詩歌の恩寵者、いにしえの
  民族
血色の紅潮した、思慮深い、夢想に耽った、情熱で  
   熱くなった、
香を焚きこませた、幅広のたなびく衣装をした、  
日灼けた顔で、精神を集中させた、眼光爛々とした  
ブラフマ神の民族が来る。  
ご覧あれ、我が カンタービレ註5を!これらや、さらにもっとあれこれのものが、  
  行列から我らのほうに向かって、きら光りしている。
姿をかえながら動きつつ、神聖なる万華鏡のように、それは我らの目前で、  
   変貌しつつ動いている。
使節たちや、同じ島国の日灼けた日本人たちのみの  
   ためならず、
軽やかに、音すら立てずにヒンズー教徒が現れる。アジア大陸  
   そのものが現れる。過去が、死者たちが、
どんよりとした不可思議な《夜朝》、不可解なる寓話  
包まれた神秘、太古の知られざる《巣蜂》、  
北方の地、灼熱の南部、アッシリアの東部、ヘブライ民族、  
   古代のなかの古代  
広大な閑散とした都市、滑りゆく現在、これらすべてや、さらに  
   もっとほかのものが、このページェントの行列にはある。  
地理や世界がそこにはある。  
海洋と、列島と、ポリネシア、そして  
  向こう側の沿岸
君がこれから面と向かう沿岸−君、《自由リベルタード》よ!君の
   西欧の金色の海岸から、
そこの国々が、その人口をたずさえて、何百人もがこぞって  
  興味津々にやってきている。
人であふれかえる市場、偶像をおさめた寺院が  
  道沿いや、終点に仏僧ボンズ、バラモン僧、ラマ僧
清朝の官吏マンダリン、農夫、商人、機械工、漁師、
歌い手の娘や、踊り手の娘や、歓喜の絶頂の人々や、  
  隠棲の天皇や、
孔子そのひとや、偉大なる詩人たち、英雄たちや、武人や、  
  カースト制度の各階級すべてが
編隊をくみ、四方から、アルタイ  
  山脈から、
チベットから、中国の曲がりくねった、長距離を流れる  
  四大河から、
南方の半島や、亜大陸的な島々から、マレーシアから、  
これらや、これらに属するすべてのもの、明らかなものが私の前に  
  見世物としてつき出され、私によって捉えられ、  
私もこれらに捉えられ、親しく捕まえられ、
かれらがまるで皆ここにいるようであるような、そんなときまで、そして  
  私は、彼らのために、そして貴公らのために、《自由リベルタード》!を唱える。
 
 
なぜに、私もまた声をはりあげてページェントの群に入り雑じる。  
私は《唱える者》であり、ページェントにむかって声高に唱える。  
西洋の海の、私の世界を唱える。  
空の星屑のように密な、向こうはての島々を  
  存分に唱える。
かつてなく偉大な新帝国を唱える、それは幻想のように  
  私には見えてくる。
私は、アメリカという婦人を唱える。私はより偉大なる覇権をして唱える。  
私は想像をたくましくさせて、千もの栄える都市を唱える。だが、  
  やがて時経てば、これら海の島々では、
列島のあいまを縫ってゆく、私のあの帆船や蒸気船があり、  
船には風にたなびく私の星条旗があり、  
商いが始まり、時代の眠りがその効果を奏して、  
  あらゆる人種も精気をとりもどして生まれ変わり、
人々は、仕事を再開し−その目的は私は知らないが−  
  古いアジア人らは、そうなるべくして改新する、
今日より世界に囲まれて。  
 
 
3
 
そして君、世界[に誇れる]《自由リベルタード》よ!
君たちは中枢にすえおかれた、かっこうな場所にこれから何千年も  
  居続けるだろう、
今日は、片側からアジアの諸侯たちがやってきて、  
明日は、その対極からイギリスの女王がその嫡子註6を
  遣わせて、
標識は向きをかえる、球儀は一巡され、  
環は一周され、旅はおわりとなる。  
目にみえて箱のふたはあけられ、香水は、それこそ箱じゅうから  
  ふんだんにあふれかえる。
若き《自由リベルタード》よ!尊厳なるアジア、すべての母、
にたいしては、いまなおいっそう気をつかえ、熱気ある《自由リベルタード》よ。なぜならば
  お前がすべてだから。
列島をめぐりこえ、おまえにメッセージをおくる、  
  遠方の母にむけて、お前の誇らしげな首をかしずかせてみたまえ。
せめて一度、お前の誇らしげな首をかしずかせてみたまえ、若き《自由リベルタード》よ。
子らは、こんなにも長く、西方へ散らばっていたのか?  
  足踏みをしながら?
以前の暗黒の時代は、こんなにも長く、西方へと、楽園から堕落を  
  しつづけてきたのか?
この何世紀ものあいだは、そんなふうに着実に歩んでこられたのか?  
知らざれるままずっと?それは君のためにか、理由のゆえにか?  
かれらは正義にのっとった人らである。かれらは業績をほこる。かれらはいまより  
  他方に向かって君たちの方へ旅立つだろう。
またかれらは従順に、東の方向を君らのために行進してゆくことだろう、  
  《自由リベルタード》よ。
 

註1 Niphon. おそらくご明察のとおり、 "Nippon" (日本)のこと。
註2 Libertad. スペイン語で「自由」の意味。ここでは、  自由を擬人化させたものとして捉えている。あるは女性像として描かれる Lady Liberty  つまり「自由の女神」とイメージを重ねてもいいだろう。ただし、厳密にいうと、これは「自由」という思想の  「具象化」なのであって、「神(女神)」とするのは、正確でない。  (また、自由の女神の像は、アメリカ建国100年を記念して  フランスから贈答されたものだから、このときにはエリス島 (というかリバティー島)にはまだない。)
註3 Americanos 「アメリカン(アメリカ人)」のスペイン語。
註4 対蹐地(たいせきち)に住む人 antipodes. 地球の反対側に居る人。  つまりアメリカからすれば東洋人。 立っている脚(pod)の向く方向が正反対(anti)、という、かいぎゃく的な表現。
註5 カンタービレ cantabile 音楽用語で、ふつう「流れるような」  「歌のような」を意味する形容詞だが、ここでは「メロディー調の歌」  という意味で使われている。
註6 嫡子 ウェールズ公(英国皇太子)、後のエドワードVII世。  1860年に訪米している。英国女王はヴィクトリア女王。

ニューヨークタイムズ詩に掲載された詩(冒頭)

あとがき 『草の葉』にはさまざまな版(異本)があり、この詩が挿入されていないバージョンもあるので注意する。日本人としては、史実上、興味のある詩だが、作品としてはあまり秀逸とは言えないから、撰にもれてもしかたないといえばしかたない。
 そのためもあって、この遣米使節のサムライたち(東方の紳士たち)詩が存在することは、久しく知っていたけれども、なかなか見つけられなかった。
 上に掲載したのは、"Over the Western sea hither from Niphon come.."に始まるこの詩 "A Broadway Pageant"をかなり以前ウェブ上で入手してそれを和訳したものである。現在では、幾つかのサイトでテキストが掲載されているはずだ。(ここであえて掲載しない。)  『草の葉』の邦訳には、古いものでは有島武郎があるが、これにくだんの詩が含まれているかどうかは、じつはよく知らない。だが、岩波文庫の新訳『草の葉』(上・中・下)(1998年) (杉木 喬、鍋島 能弘、酒本 雅之 訳) は、ちらと拾い読みしたかぎり、私見ではみごとな秀訳で、こちらには、「ブロードウェーの華麗な行列」として挿入されているようだから、活字になっているものならそちらをご覧になるといいだろう。
 また、「ニューヨーク・タイムズ」新聞に載った、"Over sea, hither from Niphon, Courteous, the Princes of Asia, swart-cheek'd princes,.." にはじまる原詩"The Errand-Bearers (使命を帯びた者たち)"は冒頭行を比べてもおわかりのように、若干、表現が異なっている。比較するのも面白いかもしれない。なお、この原詩テキストは、私が当時の新聞のマイクロフィルムから、コピーを取ってみずからタイプ入力したものである。

関連リンク


Back to Home