『アスプルモンの歌』
*1 の舞台は、かつてはスペインと間違えられたこともあった
*1aが、今ではイタリア南端のカラブリア地方であると解釈が通説となっている。
イタリア半島に上陸したサラセン人の懲膺に行ったシャルルマーニュ王の一行と、アスプルモンの難関を守るオーモン王子
Aumons, -mes, Eaumon, -mons, -mont, -mes と初戦の火蓋が切られる。オーモン王子が擁する10万の軍勢は敗走の憂き目をみるが、シャルル王みずからが深追いしすぎ、
危うく一騎打ちでやられるところを、まだ初陣に出すはずでなかったロラン少年
Rollandin が、
⇒モレル
に乗ってかけつけてその場を救い、相手の武器
⇒デュランダル
奪取の活躍をする。
後半部では、討ち取られた息子オーモン王子の弔い合戦にと、異教徒の王アゴラン
Agolant, -lansが、イタリア侵攻の拠点とした
リーズ市
Rise (
≈ レッジョ・ディ・カラブリア市)
を出立し、みずから軍をひきいてアスプルモンでの総力戦にあたる。
総力戦が展開する前、緒戦で勝利したシャルルマーニュは、戦利品の分配や、それまで盾持ちの身分だった若者たちの
騎士叙勲式をとりおこなっていた。
そのあとでミロン法皇
Milon 
は、フランス軍のミサ聖祭をおこない、演説のあとで
十字架 を
持ってこさせる。フランス軍はそれを前にすると、屈した膝を地につけて祈祷をささげた:
- La crois demande et on li aporta:
- Une partie de cel saint fust i a
- U Dex fu mis qant Longis le navra.
- Quant il la virent, cascuns s'agenella
—Chanson d'Aspremont,
第 385 詩節 7671-4 行.
Brandin 編
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- 命じられた十字架〔〕が持ってこられた。
- この十字架には、ロンギヌスが傷〔〕めしそのとき、神〔〕がおかれた
- かの祝福されたる梁の一片がこめられていた。
- これを見て、各々ともひざまずく。
—私訳
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リーズ(レッジョ市)では、アゴラン王は、はじめ敗戦の報は受けるが、息子オーモンの消息については、
何もわからずじまいでいた。そこでウリアン
Uliens とガランドル
Galindres に和平のシンボル
橄欖〔〕の枝(
rain d'olive 7732 行)を持たせ、フランス陣に派遣した。
しかしその談判はなんとも高飛車であった。こちらが結集した大軍に勝ち目はない、シャルル王よ、
「お前は、とりもちの鳥ごとき、捕まったも同然だ」(
* Tot estes pris con li oisials em broi 7897 行)と宣言する。そして容赦の条件はシャルルの降参やマホメットへの改宗だと言う。
かような要求にたまりかねたジラール・ドゥーフラト
Girart d'Eufrate
という過激な性格の人物は、やつめの息子のさらし首と右腕を持たせて返事とすればよい!と、提言する。
このような返事を送りつけたのであっては、もはや決戦は避けられはずがない。
フランス軍は、馬や甲冑の身支度を始める。ミロン法皇は、なんとか例の十字架を戦場に持参してくれる
奇特な戦士はいないかと探していたが、なかなか現れない。
エランギ
Erengi は、武器は役に立つが、そんなものは
用を足さないとて、聖なる「梁」を持つのを辞退。イゾレ
Ysoré も断るが、
軍馬に乗ったあちらの司教はどうかと推薦する。
- Torpins de Rains ne s'atarga noient
- A l'apostole clina parfondement;
- La crois reçut icel jor loialment.
—同、 第 423 詩節 8490-3 行.
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- ランスノチュルパン は、遅れをとらず;
- 使徒(ミロン法皇)の前で、頭を深々と下げる。
- この日、忠実に十字架を受け取れり
—私訳
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フランス勢は、 ふたたび膝を地につけて十字架を拝む。泣きじゃくるものさえいたという。
するとアスプルモンの
岨道〔〕を、三人の騎士が馬にまたがってやってくる。
デーン人オジエが、白馬 (
ceval blanc 8512 行) に乗った騎士に近づき、
何者かと誰何すると、謎の騎士は
聖ジョールジュ (
Yorge 8517 行)だと名乗った。
聖ジョールジュは、若きロランのそばに寄りに、これからマンダカン
Mandaquinと
戦うことになろうが、「相手の巨大さをおそれてはならぬぞ、坊。この日より幸運をもたらすためには"聖ジョールジュ"と叫べ」と諭す。
つまりキリスト軍の勝ち鬨の掛け声「聖ジョールジュ!」 (
Crie «Sains Iorge») は、
この物語のなかでは、聖人みずから教示たことになっているのである。
チュルパンが手にした十字架は煌々とかがやき、サラセン人たちを寄せつけようとしなかった。法皇の言葉を借りれば:
- En cele crois se laissa travellier,
- Veé le la reluire et flamboier,
- Que cil d'Alfrique n'i puënt aproismier.
—同、 第 455 詩節 9294-6 行
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- ..かの十字架にて、[主は]善業〔〕を担った;
- 見よ、その輝き燃え立つさまを、
- アフリカの[異教徒]共を近寄らせぬありさまを
—私訳
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一場面では、チュルパンはしばし十字架をまたいったん法皇に預けて、武器を取り戦中に挑む。
- Torpins de Rains ne volt mie lassier:
- "Sire apostles, ne vos doit anuier:
- Or vos revuel la sainte crois ballier,
- Car j'ai hauberc et si ai bon destrier,
- Espee çainte et cler iaume d'achier
- Et arcevesques sui ge et chevalier.
—同、 第 455 詩節 9312-16 行
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- ランスのチュルパン もやはり、ほうってはおけず。
- 「使徒(教皇)さま、心配は無用!
- この聖なる十字架はお返し申す、
- わしには鎖鎧も良き軍馬もありますゆえ、
- 佩剣も冴えた鋼の兜も、
- われは司教にして騎士なり」
—私訳
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しかし、またのちほどには、チュルパンは聖なる旗手の役割に立ち戻っており、「輝き燃え立つ聖なる十字架」
La sainte crois reluire et flamboier 9402 行から放たれるまばゆい光で
サラセン人の目を眩ませ、士気をくじいていた。
そんな大司教を、サラセン人たちはこうののしった:、
- «Male aventure ait cis confanonier !
- Son confanon voi al ciel atochier.
- Veés le la dedevant tot premier?
- Veés le la reluire et flamobier
- 9760 Que li solaus en laisse son raier ?
- Tote nos fait la vëuë cangier.
- A itel gent nos fait mal tornoier;
- Nos n'i poon nule rien gaagnier.»
—同、 第 475 詩節 9755- 行
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- 「おのれ、このゴンファノン旗持ちに呪いあれ!
- 見るところどころ、やつの旗〔〕が天にたなびく。
- 見えるか、そこに、いっとうの先頭をきるのが?
- 見えるか、そこに輝き燃えさかり、
- 9760 陽光さえをしのぐ光を射るのが?
- われら全員を盲となし、
- やつらに対して、悪運に転じさせ、
- こちらの勝ち目をなくさせるのが」
—私訳
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ここでゴンファノンというのは、三角旗(ペナント旗、あるいは燕尾や三つ尾に先が分かれているもの)をさすと思えばおおよそ間違いはないだろう。ただ、ここでは十字架をかざすチュルパンを「聖なるペナント旗」をかかげた旗差しに例えているわけである。
さて、近代の芸術作品ではあるが、チュルパンが掲げた十字架の絵

(右上)が、Leon Gautier 著 『騎士道
(La Chevalerie)』に銅版画として挿入されている。
この大著で取り上げるトピックは膨大であるが、そのなかで『アスプルモンの歌』の「奇跡の十字架」
"La Croix Miraculeuse" ないし 「真の十字架の木片」
"le bois de la vrai croix" もとりあげられていた。
*1
Louis Brandin 編 La Chanson d'Aspremont (1919 年)。
Michael A. Newth 英訳 The Song of Aspremont (1989 年)
*1a
これは『アスプルモンの歌』の敵王アゴランが、『偽チュルパン年代記』のアゴランドゥスをモデルにしていることが
大きな理由であろう。
また、「アスプルの峠」(les) porz d'Aspreという場所名が『ロランの歌』 異本の1103 行目や、
に登場する(正本では「スペインの峠」)。『偽テュルパン年代記』のフランス訳にもこの地名があり、アゴラン王が、タイユボールグからパンプローナへの行き来に使っているし、また、フランス軍の殿軍がサラセン人の待ち伏せを受ける場所でもある。
ただし、aspre は現代仏語 aspérité に通じ、「けわしい、険峻な」などの意味の語なので、随所にそういう名があっても大しておかしくはない。
*2
St. George (Sains Iorge 8540; Saint Iorge 8586, 9393; Sains Iorges 8526, 8547,8599,8602;Sains Yorges 8537; Saint Yorge 8814; Yorge 8517) is accompanied by St. Mercure(Sains Mercures 9394, Saint Mercurie 8587; Sains Mercuries 9394, Mercurie 8587, ) their flag-bearer and St. Domin (Dominste 8586, Domis 8599, Domins 9394).
*3
La Chevalerie, Leon Gautier 1890.
Also in English translation by Henry Frith 1891, but the local library copy has gone missing.

奇跡の十字架をかかげるチュルパン (detail)
— 画 Édouard Zier (1856-1924)
題名:"Pendant la Bataille -- La Croix Miraculeuse,"
in Léon Gautier 著 La Chevalerie, Pl. XXI
*上の挿絵は、フランス国立図書館(Bnf)所蔵 Fr. 25529 写本 第65裏葉にある
『アスプルモンの歌』の文章にちなんで作画されたものである。
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