§ Paulus Diaconus (720頃-799?年),
パウロ助祭 (パウルス・ディアコーヌス)
*1は、 8 世紀の著書でゲルマン民族の住むスカンジナビア地方
について執筆しているが、特に「雄鹿に似なくともない動物」 (Waitz によればトナカイのこと)を追って暮らす
スクリトビニ族
Scritobini (=Scridefinni フィン人、ラップ人?)が住む地域があると言っている。
「そして、その沿岸からさほど遠くないところに」 深い渦巻き (
vorago [羅] もしくは
vertigo [羅]) があり、これこそがいわゆる「海の
臍」 (
umbilicus maris [羅]) なのだと言っている。
*1
パウルス・ディアコーヌス (c.720-799?年 Paulus Diaconus, Paulus Warnefridi, ~Warnefridua) 著『ランゴバルド史 (Historia Langobardorum) 』。Waitz, Georg, 1813-1886 編 Pauli Historia langobardorum. In usum scholarum ex Monumentis Germaniae historicis recusa. (Hannoverae, impensis bibliopoli Hahniani, 1878)
[英訳=] History of the Langobards, Book 1, Chapter V-VI。訳者: Foulke, William Dudley, 1848-1935.,
(Philadelphia : Dept. of History, University of Pennsylvania ; New York : sold by Longmans, Green, 1907. [reprint 1974]) (xlii, 437 p.)
§ Adam von Bremen (11 世紀)
ブレーメンのアダム *1 は、ブレーメン大司教アダルベルトからかつて聞いた話として次のように語る:
Adalbertus, in diebus antedecessoris sui quosdam nobiles de Fresia viros causa pervagandi maris in boream vela tetendisse , eo quod ab incolis eius populi dicitur ab ostio Wirrahae fluminis directo cursu in aquilonem nullam terram occurrere praeter infinitum occeanum.
:
[..relinquentes .. Daniam, .. Britanniam, pervenerunt ad Orchadas.
cum Nordmanniam in dextris haberent. . Island collegerunt.]
[..Deo et sancto confessori Willehado suam commendantes viam ..]
:
アダルベルト[様]が仰っしゃるに、その前任者の方の日々の頃、何人かのフリジアの貴族らが、
帆をかかげ北方にのびひろがる海を探検しに出、俗に言うウィッラヘ河口[ヴェーザー川の河口]にある本国から、
向かって北に航路をとることにした、というのは、果てしない海の向こうには陸地など無いぞ、と人々が言っていたからである。
::
[一行は、デンマークを後にし、英国を通り過ぎ、オークニー諸島に到着。右手にノルウェーを過ぎ去り、
アイスランドに上陸した。]
[一行は、その先の道のりを神と聖ヴィレハートのおぼしめしのままにゆだねた]
:
.. そして入りこんだのは、暗く痺れるような海の狭霧で、それは視覚がつらぬくことができないほどであった。
すると見よ、定まらない海峡に開けた摩訶不思議な源泉が、 おのずのうちに水を逆流させているではないか。
不運の航海士たちは、失望し、いや、死ぬことばかりしか頭にすることができなかった。[渦巻きは]
猛然と襲いかかり、彼らを深い混沌へと[つまり奈落の旋渦へと]ひきずりこまんばかりである。
それは深く、言い伝えによれば、海のすべてのものがこの中に還るというし、くるくるとすぼまるかと思えば、
あるいは[物を]吸い込み、あるいはそれをまた吐き出し、と、そのつのる激動のことは、大体のところかように伝わっている。
— ブレーメンのアダム 『ゲスタ・ハンマブルゲンシス』 (私訳)*2, 2a
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フリジア人たちは、櫂をこいで岸にたどり着き、巨人たちの棲む地下の洞窟を発見する。
その財宝を強奪してまんまと逃げようとしたが、巨人たち(キュクロペス)に追われ、
仲間のひとりは巨犬に引き裂かれるが、残るものは船にたどり着き、無事に逃げおおせた。
この「(眠る)巨人」の伝説 *3 は、前述のパウルスも記録している。
*1 ブレーメンのアダム
(Adam von Bremen, Adam Bremensis) (11 世紀)著、『ゲスタ・ハンマブルゲンシス』第四部 「北方の島々の解説」 Gesta Hammaburgensis ecclesiae pontificum, "Descriptio insularum aquilonis"
*1a 英訳:History of the archbishops of Hamburg-Bremen (訳者 Tschan, Francis Joseph, 1881-1947. New York : Columbia University Press, 1959, [再版 2002])(xlvi, 253 p.)
*1b
ヴィクトル・リュードベリは、『ゲルマン神話』の
第59章等で、ブレーメンのアダムの著作を
「北方の島々の解説」ではなく De situ Daniæ 「ダニアの地」として紹介、また引用している("Et ecce instabilis..以下")。
*2 Tschan の英訳 (Book Four, pp.220-221) は、
「 A、 C2 および B クラスの写本を底本としている」ので、
オンライン化されている Waitz 編のラテン語テキストとは若干、差異がある。
この箇所の Tschan 訳は、 [MapHist]にアップされていた:
Archbishop Adalbert of blessed memory likewise told us that in the days of his predecessor certain noble men of Frisia spread sail to the north for the purpose of ranging through the sea, because the inhabitants claimed that by a direct course toward the north from the mouth of the Weser River one meets with no land but only that sea called the Libersee. . .
*2a
リュードベリ著『ゲルマン神話』(英訳) 第 48 章 「中世サガ(続)。ブレーメンのアダムのフルジアのサガ」も参照。
*3
リュードベリも、「眠る巨人」の伝説のさまざまな記録を網羅してあたっている。
§ Olaus Magnus (16 世紀),
オラウス・マグヌス  (1490-1557年) は、ウップサラの大司教にのぼりつめた人物で、スカンジナビア地方・北海の『海図』( Carta Marina, 1539 年) *1を著した。
これは地図であるだけでなく、海洋の珍獣など不思議な現象について説明した資料である(例:大ウミヘビなどを図解入りで解説)。
そうした奇異な事象のひとつとして、図入りで説明するのが "Rost"島 "Lofot"島 Vast"島 のあいだに発生する大渦巻きで、地図上(挿絵)では " Hic est horrenda caribdis" 「これぞ恐ろしいカリブディスの渦巻きなり」と添え書きされている。
〔* オラウスの海図は、 ミネソタ大学ベル図書館のページで画像アップされている。渦巻きがあるのは"Section B"の区画〕
また、オラウスの海図の左下、枠線内に挿絵の詳細書きがあるが、こちらでは渦巻き ("Section B" の F ") について " charibdes plures & horrende" と書いてあり、これはつまり「超カリュブディス」、すなわち本家本元であるシチリア島沖のカリュブディス Charybdis *2 をもしのぐ渦巻きを意味するらしい。
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