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«king's evil»「王の病」: 【奇跡】【キリスト教】【英国・フランス史】

«king's evil» [英]; regis morbus [羅] le mal de roy [古仏]; cominsevel [中世オランダ語];
[中世ラテン語 regis morbus の訳語だが、これは古典ラテン語で「黄疸」の意である ]*1
「王の病」とは、国王が患者にふれると治癒されものと、イギリスとフランス で長らく 信じられてきた病気で、 瘰癧るいれき scrofula (頸部リンパ腺の結核性の腫れもの)の古称である。

この迷信の発端は、エドワード懺悔王 (在位 1042-66) 時代にさかのぼるともいわれる。

王のもつ奇跡的な治癒能力ヒーリング・パワーについては、 『河出書房世界の歴史9』*2に、わかりやすい説明がある:
[十二世紀の] ころから、フランス、イギリス両国王の病気をな おす奇跡能力がいちじるしく向上した. . (中略)
 もっとも、病気をなおすとはいっても、万病にきいた のははじめだけである。フィリップ2世やリチャード1 世の時代になると、国王が奇跡能力を発揮できるのは、 ルイレキ(頸部リンパ腺の結核性のグリグリ)患者にたいし てだけになった。それにしても、国王が患者の身体にさ わり、そこに十字架のしるしを描くと治癒するのであるから、たいへんなさわぎである。われ もわれもと、たくさんの患者が国王のもとにおしよせるようになった。
 しかし、国王はいつでもルイレキ、、、、をなおす力を もったわけではない。もっとも効験あらたかなのは即位にあたって塗油を受けた直後だったし、 そうでなくとも、教会のミサに出席したあとの 一定時間でないと、奇跡能力を発揮できなかった。

 このような「王の接触」の儀式は、アン女王の在位中にいたるまでおこなわれており、 その歿年 1714 年以降も、数年間は、英国国教会の公式祈祷書にこの「王の接触」の儀式の段取りが刷られていた*3

 祈祷書に書かれた儀式の段取りでは、もはやそのつど十字架を切るしぐさというものはおこなわれない。 そのかわりに王は患者らの「首に黄金を架けてやる」という手順がもりこまれている。
 ここで「黄金を架けてやる」というのは、穴をあけてリボンを通した金貨 (または小メダル)の ペンダントを首につるしてやる、ということである。詳細は次節で述べる。


*1 オックスフォード英辞典 (OED) の"King's Touch" の項に、語源や定義が 載っている。また、病を治す「王による接触」のことを"king's stroke"と称す例も挙げられるが、 あまり広く使われる常套句ではないようである。

*2 『世界の歴史9 ヨーロッパ中世』鯖田豊之/河出文庫/1989年 pp.153-4. 典拠はわからない。
















*3 イギリス国教会共通祈祷書 Book of Common Prayer の 1719 年 Oxford 出版版。儀式の部は、 "AT THE HEALING" と題される。書き出しは、"Prevent us, O Lord, in all our doings, with thy most gracious favor," 「妨げたまえよ主よ、われらのなすことすべてにいたり、汝のいと恵みある恩恵においてetc.」とあり、次に『マルコ伝』 16:14 の朗読がなされる。続いて(ありきたりの)短い祈祷が何編か唱えられる。 そしてようやく 「病弱なるものたちは、一人一人、膝をつき王に拝謁をゆるされる。 そして全員が拝謁しつ、国王が御手をかれらに置いて、その頸に金〔*金貨。後述する〕をかけておやりに なるあいだ、この儀式をつかさどる礼拝堂牧師チャプレンは、 陛下のましますほうへ向きなおりながら、次なる文句を唱えたまう:神はこの事業を祝福されたし。 国王が御手をふれたまう、これら病めるものたちが、回復せしことをかねえたまえ。主イエス・キリストをして、..」等々。
 別に最後にこの儀式をおさめた 1719 年版にこだわらずとも、 1662 年版の祈祷書ならばオンライン化されており、 くだんの儀式の部はAT THE HEALING ページで読むことができる。ここで"queen"はメアリ女王をさす。当時はメアリとウィリアムの共同君臨時代だったが、夫のウィリアムは臣下に触れる儀式を拒否していた。

§ 「エンジェル金貨」と「タッチピース」

エンジェル金貨 angel-noble [貨幣]タッチピース touch piece [小メダル] [英];

時代が下り、やがて王が手で触れた貨幣にも、治癒の効力がさずかるという俗信にかわっていく。 ただ、そんじょどこらの貨幣でもいいわけではなく、「エンジェル金貨」でなくてはならなかった。

 フランスのアンジェロ金貨 angelot を模した「エンゼル金貨」は、エドワード四世の御世の 1465 年に初鋳造された(価値は6シリング8ペンスつまり 1/3 ポンド)*1
 貨幣のデザインが、竜(ルシフェル)を足下に平らげる大天使ミカエル像だったために「エンジェル金貨」 の名がある。

 最後のエンジェル金貨の鋳造は、チャールズ一世 (在位 1625~49 年)の廃位・処刑とともに終焉する。 この時代のエンジェル金貨の実物がケンブリッジ大学 specimen at Fitzwilliam Museum に所蔵されているが、見てのとおり穿孔があけてあり、 リボンを通して患者の首にかけられるようこしらえた品である。
 チャールズ一世の処刑後の議会政治時代は、当然、「王の接触」の儀式はおこなえなかった。

 エンジェルは貨幣としてはもう再び鋳造されなかったが、王政復古で儀式は復活し、 貨幣の代わりに同じ図柄の小メダルが生産され、 タッチピースと呼ばれた。

 かのジョンソン博士(大辞典の編纂者)も、嬰児だったときに瘰癧を患い、 1712 年に アン女王(前述の最後のこの儀式をとりおこなった国王)に触れられたのだと、 ボズウェルの『ジョンソン伝』は記している。
 その  ジョンソン博士のタッチピース が、大英博物館に所蔵されている*2


*1 のちチューダー朝の「薔薇ノーブル金貨」に意匠を改められた。 ノーブルの等価もヘンリー八世の時代に 7s.6d. [=£ 0.375] (1509 年)、 8s. [=£ 0.40] (1542 年) と引き上げられ、エドワード6世に 10s. [=£ 0.50] (1552 年)に引き上げられた。





















*2  大英博サイトでバーチャル展示いる。Compass でキーワード "king's evil" と入力。

§ The "angel" gold coin and "touch piece"

クランプ=リング cramp-ring [指輪]king's silver [金属] [英];

これはより知名度の低いアイテムのようであるが、オックスフォード英辞典によれば "cramp-ring" は、国王が触れた指輪で、これを指にはめると「クランプ」の持病、すなわちさしこみ、、、、(腹部の痙攣痛)をふせげるという。

 調査できていないが、辞典に引用があるので、いくつか面白いものをひろってみる。

Bury Wills 1463 年*1, 41: "My crampe ring with blak inamel and a part silver and gilt."; and in 35:"A rowund ryng of the kyingis silvir", which also is explained as a ring meant as cramp-ring."
『ベリー市の遺書集』「私の黒エナメル焼きの、銀入りの金メッキのクランプ・リング」

Boorde, Introduction to Knowledge, i., (1547): "The Kynges of Englande doth halowe euery yere Crampe ryngs, the whyche rynges, worn on ones fynger, doth helpe them the whyche hath the Crampe."
「英国の王は、毎年グッドフライデー(復活祭の金曜日)になるとクランプ・リング(痙攣痛指輪)の 祝福をとりおこなう。この指輪は、指に嵌めればクランプ病をもつものを助けてくれるのだ」

Collect. Sev. Late Voy. (1694) 11.138 [proablby Narbrough, John, Sir, 1640-1688, An account of several late voyages & discoveries to the Sovth and North (1694) ] "Morss. or sea-horse.. having a greate semicircular Tusk.. very much v.lued for their uses in Medicines, as to make Cramp-rings, which they make also of the bristles upon their cheeks to resist Poison and other malignant disease.
「モースこと海馬(セイウチ)は、.. 大きな半円形の牙をもっており..それは薬用としてたいへん珍重されるもので、 クランプ・リングにも作られ、また、頬の剛毛は、毒や他の悪病への耐性がある。」
モース:英辞典に morss (morse) は walrus (セイウチ、トド)の別名として記載されている。セイウチを意味するラップ語 morsa フィンランド語 mursu に通じるとのことだ。


*1 Bury Wills (Camden) とはすなわちTymms, Sammuel, 1808-1871, ed., Wills and inventories from the registers of the commissary of Bury St. Edmunds and the archdeacon of Sudbury, (Camden society. Publictions no. XLIX 1850)の略。中世の古文書。

*2 Bury Wills (Camden) is Tymms, Sammuel, 1808-1871, ed., Wills and inventories from the registers of the commissary of Bury St. Edmunds and the archdeacon of Sudbury, (Camden society. Publictions no. XLIX 1850)

*3

Sources:

Links:

  • Ency Brit. 1911 on "king's evil"
  • "The evil" refered to in Macbeth IV: III is "king's evil" ; various sites.
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