§ 剣名の出所:『七勇士』 (1596年),
調査の結果、
聖ジョージ
の
アスカロン Ascalon
という剣名、および
聖人が助けた淑女の名前
サブラ Sabra
というのは、
Richard Johnson 作 The Most Famous
History of the Seauen Champions of Christendome (1596 年) *1
の独創によるものという結論に達した。
以下は、この作品の序盤の章のあらましである:
ジョージは
王室執事長〔〕 アルバートと王女のあいだにもうけられた子である。
王女の家柄、つまり英国王室は、アーネウスとその子アスカニウス Askanius に発し、ブリテン国の祖ブルータスにつながる家系である。新生児ジョージは、なんと右手に血だらけの十字架をもち、左脚に金色の帯(ガーター)を帯びて生まれた。
この母は、分娩で命尽きてしまい、生まれたばかりの赤子は
カリブ Kalyb
という魔女に拉致される。
ジョージの年頃(二掛け七歳)になったとき、魔女は青年に恋をしてしまい、あれやこれやと贈り物を与える。
最初の贈り物は
ベイヤード Bayard
*2 という、またがった騎士を無敵にするという
いわくつきの馬だった。
次に、その胸に「
武器庫〔〕でもっとも頑丈なコースレット」を着せてバックルでとめてやり、
その頭に兜(のちに「イギリスの紋章の刻まれた」バーゴネット兜

と詳述されている)をかぶせて
緒〔〕を締めてやった。
甲冑は
「リディアの純鋼」"purest Lidian steele" でこしらえたもので、「いかな武器も貫けず、いかな戦斧も傷つけられない」つくりだったという。そしてもちろん、豪華な
騎士の盛装〔〕で着飾らせた。
魔女は、「立派な
フォーション剣 fauchion を取って差し出し」、青年にあてがった馬や鎧や剣について
次のように語る
(本の画像 更新追加):
—米パサディーナ市、ハンティングトン図書館 / 唯一現存の本
EEBO プロジェクトより画像入手
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.. thy steed is of such force and inuincible power, that whilst
thou art mounted on hys backe, there can be no Knight in
all the world so hardy as to conquere thee: Thy Armour
of the purest Lidian steele, that neyther weapon can pearce,
nor Battail axe bruse, thy sword which is called Ascalon is
framed of such excellent mettle by the curious workman-
ship of the Ciclops, that it will separate and cut the hardest
flint, and hew in sunder the strongest steele, for in the pum-
mell lies such pretious vertue, that neyther treason, witch-
crafts, nor any violence can bee proffered thee, so long as
thou wearest it.
—The Most famous History of the
Seauen Champions of Christendome:..,
Part I (1596), Ch. I, p.9.
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そなたの馬が、どれほど力と無敵をほこるかといえば、
そなたが背にまたがるうちは、世界ひろしといえど、いかなる騎士をもってしてもそなたに打ち克つことはかなわない。そなたの リディアの純鋼の鎧は 武器でも貫けず、戦斧でも傷つけられない。
そなたの剣は、 アスカロン という名だが、
極上品の 金屬を、 一つ目巨人〔〕たちが
珍妙なる匠の技をもって形作ったもので、どんなに硬い 燧石〔〕も断ち切り、どんなに強い 鋼〔〕も切り裂く。そして剣を帯びているかぎり、いかなる寝返りにも、魔法にも、暴力にもさらされないという希有なる徳(特性)が 欛頭〔〕にこめられている。
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以上の贈答品はよしとして、あまっさえ自分の魔力をふるうための《銀の
杖〔〕》

の使用をゆるしてしまったことは、しかし魔女にとって致命的な失敗であった。ジョージがその杖を手にとって、ためしに閉ざされた岩を開けてみると、はたしてその岩穴は
魔女がいままで幼い命を奪ってきた乳呑児たちの屍が累々と棄てられた安置所であったのだ。ジョージは魔女に先導させてそこを案内させたが、
彼女が踏み入るやとたん、岩穴をもとどおりぴしゃりと封じて、彼女を幽閉してしまったのだ。
そして自分と同じ境遇で捕らえられていた六人の青年勇士を解放した:すなわちイタリアの聖アンソニー、スコットランドの聖アンドリュー、ウェールズの聖デイヴィッド、アイルランドの聖パトリック、フランスの聖デニス(=サン・ドニ)、スペインの聖ジェームス(=大ヤコブ)である。他の聖人も、これよりそれぞれの冒険を遂行するわけだが、聖ジョージは、もちろんのこと竜から王女を救出するのである(第 I 部[前編] 第 III 章)。しかし救出した王女とめでたく夫婦になる部分は、当然、『黄金伝説』にはない部分である。
また、ここでは王女救出の舞台も
エジプト Egipt に移しかえられている。エジプト王は、娘を竜の生贄に差出しざるを得ないところ、竜を追いはらうことができる救国者あらば、王女の婿にとり、王亡き後の冠位の継承者とすることを公約した。勇士ジョージは、この艱難に挑むことにし、王女をなだめて宮殿に送り返した。 このとき王女は「アラビアのシルク」の衣装に身をまとっていたという
[* つまり黄金伝説のキャクストン英訳の
「娘を婚礼さながらに装わせた
」をさらに脚色している]。
王女の名前が
サブラ Sabra
だと明かされるのはもう少し先
*3の話であるが、そのおり、彼女には既に「モロッコの黒人王アルミドール

」(
Almidor the blacke King of Moroco)という先約の求婚者がいたことが判明する。
さて、ジョージが対峙したドラゴンというのは、肩から尾にかけて50フィート
(*十五メートル)、その銀色の鱗は黄銅より硬く、
その
金色〔〕の腹は 「
トン樽」ほどもあった。
ジョージは、馬に乗り、槍をくりだしたが、竜に当たると「千もの砕片に
砕けてしまった」。竜は尾をしならせて反撃し、騎士、乗馬もろとも
地につきとばし、ジョージは肋骨二本に打撲傷を受けた。ジョージはしかたなくオレンジの樹(
Orringe tree)
*4 の木陰に身を寄せた。するとどうしたことか、
竜〔〕 は、枝の伸びた先より7フィート
(*約二メートル)以内、近寄ることはしなくなった。
小休息をつけたジョージは、竜のその「
すべやかな黄色い腹
」をアスカロン Askalon
*5で太刀打したが、毒液がヴァーっとしぶいてふりそそぎ、甲冑は二つに裂けてしまった(どんな武器も歯が立たないはずのリディアの鋼も、結局このていたらくだった)。 運がいいことに、オレンジの果実には、「それを味わいさえすれば、その者は、いかなる病みも衰えも(たちどころに)直る
」という徳(特性)があった。 ジョージは、戦闘を再開し、竜の翼下あたりの、鱗も覆わない柔〔〕な部位に一撃を命中させた。そして名剣アスカロンで、生命をつかさどる臓腑も血も骨も貫くと、紫色をした血糊がどっとあふれ出た。ジョージは竜を斬首し、その雁首を槍の柄 (trunchion of a speare)に突き立てた。
*1
このテキストは、最近 Fellows, Jennifer 編 The Seven Champions of Christendom, 1596-7,
(Ashgate Pub Co 2003 年) $94.95 (変動価格) →紀伊國屋 (¥11,166+¥2,233)
1596年初版は、一部のみ現存で米カリフォルニア州 Hunting Library 所蔵 (STC 14677).
A 1597 年版は大英博物館(STC 14678). テキストはブラックレター体で、固有名にはふつうのローマ字体が使われているが、Fellows 編では固有名を斜体とすることで表記している。
*2 大衆本版:Benjamin Tabart's のチャップブックでは、
馬名が Bucephalus、魔女 は Calyba、剣は無名。このチャップブック  The seven champions of Christendom: A tale for the nursery (1804年) はファクシミリ画像で見ることができる(The Hocklifffe Project)。
また Wilson, Spence and Mawman のチャップブックは  The British champion; or honour rewarded (1797年?) にあるが、そこでは魔女は Calyt。
大衆本の本格的なテキスト比較などはできていないが、竜殺しのイラストなどは The Elizabeth Nesbitt Room Chapbook Collectionサイトで2点を鑑賞できる:, W. S. Fortey : Bloomsbury History of the Seven Champions of Christendom (?年) and J. Marks : London edition The Surprising Adventures of the Seven Champions of Christendom (?年)。
別サイトには T. Norris/ A. Bettesworth 版The Illustrious and Renown'd History of the Seven Famous Champions of Christendom (1719年)
*3
ジョンソンは王女の名を創作しているが、『黄金伝説』ではリビア州シレーネ市の名も無き王女であったことを
思い出していただきい。王女の名としてはサブラ以外の名も伝わる。
クレオドリンダ Cleodolinda王女 だとする典拠は、どうやらゴッフレド・ダ・ブッセロ Goffredo da Bussero著
『Liber Notitiae Sanctorum Mediolanii (ミラノの著名聖人の書)』 (1290 年)であり、
このイタリア版では聖ジョルジョは、竜退治をイタリアのブリアンツァ Brianza 地方でおこなったことになっているらしい。 王女の名をアルシオーネ Alcyone とする伝承については不詳。
*4
ジョンソンは、古来の『ビイヴィス卿'(ビーヴェス)』の竜退治の物語をアレンジしたのだろう。『ビーヴィス』では、乙女が沐浴した泉にそなわる治癒能力に助けられれ、竜退治をやり遂げることができる。
オレンジ樹が竜の毒に効くというのは、ヘンルーダ(ミカン科の薬草)がバジリシクに効くという、ブルフィンチのギリシア神話 36章などにも散見する伝承によるのだろう。
これは元をたどればおそらく博物学者プリニウスであり、このように解説される:NH 20.51 ヘンルーダ(英語で"rue") 蛇 (serpents [英] serpentium[羅])などの毒にも効く、イタチ (weasels [英] mustelae[羅])はこの草を食して耐毒性をつける;
また NH 8.33 (Latin 8.36) バシリスクとは蛇の一種である(basilisci serpentis est)、と。
*5
ここ第 III 章では異なる綴り("k"入り)が使われている。
§ 『神仙女王』第1部の赤十字の騎士(16 世紀)
上の作品とほぼ時代をおなじくして書かれた、エドマンド・スペンサー 作『妖精の女王』 ( The Faerie Queene) (1590 年)
には、聖ジョージとおぼしき「 赤十字の騎士〔〕」
( Redcrosse Knight)という人物が登場するが、名がついた剣はふるっていない *1。
*1
だがBook V, Canto I では Sir Artegal(Arthegal, Arthgallo, Artegall)という正義の英雄がクリサオル⇒Chrysaor という剣をもつ。
これはかつて最高神ジョーヴ(ユピテル)がティターン族にたいして使ったという。
§ パーシーのバラード集 Percy's Ballads (18 世紀)
ジョンソンの『七勇士』発行から一世紀弱たって、ある無名の作家が「アスカロン」の剣名のあるバラードを作成した。
このバラードは、パーシー主教 (Thomas Percy 1729-1811, Bishop) の
『 古代英詩拾遺集』 Reliques of ancient English poetry*1に収録されている。
パーシーがこれに与えた題名は
"St. George for England: The second Part" ( Reliques, Volume III, Book iii. 15.)だが、もとは 「 The British Heroes: A New Poem in honour of St. George」 (1688 年) といい、作者はジョン・グラブ John Grubb (1645-97) という一介の教育者であった。
《アーサーという王も、カリバーンという剣で、砥石や魔術師をからたけ割りにはしたけれど。だけど、聖ジョージは竜を斃し、
疫病まみれのひしゃげ音をくらわせた》というパターンで、古今東西の英雄と、いくつも比較がなされる。滑稽調の作品である。
しめくくりの二行とリフレーンは以下のとおりである *2:
@>
But George he shav'd the dragon's beard,
And Askelon was his razor.
St.George he was for England; St. Dennis was for France;
Sing, Honi soit qui mal y pense.
だけど、ジョージは、竜めの顎鬚を剃りおとし、
その 剃刀〔〕はこれぞアスケロン。
英国は聖ジョージ明神、フランスは聖ドニ菩薩
いざ歌え「思い邪なる者に災いあれ」と
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*1 この古書は、
1866 年版のファクシミリ再版 が Elibron社より出されている。(ISBN 1402173792 ペーパーバック $15.95 / ISBN 1402127626 ハードカバー $25.95). ウェブサイトには一部目次が(pdf 形式)でアップされている。以前は第1,2巻の目次すべてがPDFであったはず。ちなみに第3巻の目次は、ためしに作成してみた。サンプル的に、ここで解説する『聖ジョージの第二のバラード』とベン・ジョンソン策の魔女たちの呪文歌を掲載した。
*2
このバラードの締めくくりの句は『Brewer's Readers Guide』 の "St. George"の項にもある。(直リンクではいかないので、▸をクリックして page 3 にナビすることが必要)
§ 聖ゲオルギオスの事跡と殉教
初期の伝説(5~7世紀頃)だと、聖ゲオルギオスは、軍人として養成されたが、聖職者としてキリスト教の法を説く道にはいり
殉教したが、竜(あるいはそのような怪物)とは戦っていない。
[*よって当然、竜より救われた王女や竜殺しの剣名もない。]
だが「 竜〔〕」の異名をとる
ダディアヌス(王/知事) の迫害にあって聖人は刑死する。
[* この頃キリスト教徒弾圧の法令のもとおこなわれたが、
こうした「過酷な摘発法」のことを西洋では「ドラコニアンな法」つまり「アテネの執政官ドラコンのごとき」
と呼ぶので、「弾圧法」の為政者に「ドラコン」というあだ名をつけることはごく自然なのである。]
歴史にてらせば、ときはローマ帝国がキリストに改宗するコンスタンティヌス帝時代より数年前、
ディオクレティアヌス帝時代である。この皇帝は、何人かの共同皇帝と権力を分権した。
「 竜〔〕」とは、そのときキリスト教弾圧にもっとも積極的だった
ガレリウス共同皇帝にちがいない。ガレリウスはそののち「キリスト教徒のたたり」とも思われる境遇におちいり
っている。つまり晩年に奇病にかかり、態度を一遍してキリスト宗教緩和策をとったが、あまり命をながらえることが
できなかった。 [* 初期の伝説では「竜」ことダディアノス/ダキアノスは、天の怒りを買い、
神の業火に焼かれる。]
初期の伝説では聖ゲオルギオスは、許婚はいたが、妻帯はせず童貞無垢のまま殉教したことになっている。
ではゲオルギオスが救った「王女」とは誰だろう?そもそもゲオルギオスが援けた高貴の女性とは「 竜〔〕」の
妻アレクサンドラのことだったのではないか。アレクサンドラは、ゲオルギオスに説かれてキリストに改宗する。
ゲオルギオス本人よりまっさきに刑死させられてしまうのだが、その魂は改宗によって救われた(地獄にいかずにすんだ)
ということなのだろう。
(これらについては ⇒聖ゲオルギウスと竜〔〕の初期聖人伝説で詳述する)
§ アスカロンの町
アスカロンの町は、パレスチナ地方にある (地図参照)が、ゲオルギウスの生涯にかかわりが深かった
場所とは言いがたい。
ゲオルギオスともっとも密接な関係にあるのは、 メリテネ Melitene と ディオスポリス Diospolis (こと リュッダ Lydda だろう。地図参照。) 。
メリテネ (カッパドキア東部。地図の範囲外)は、ゲオルギオスの父親 アナスタシオス Anastasius の出身地で、
あるいはゲオルギオスの聖地だったかもしれない。ともかくゲオルギオスは自分を「メリテネの〜」よか「カッパドキアの〜」というふうに名乗っている。これは、父子代々の地元であるからそう名乗っただけかもしれない。
しかしたとえ生まれがカッパドキア州だとしても、そこでは幼児期を過ごしたにすぎなく、
一家はじきにパレスチナに引っ越している。つまり、母方の親戚が影響力をふるう ディオスポリスだが、
ここはゲオルギウスの実質的な郷里となったし、また、ここが永眠の地ともなったという。
歴史はくだり、第三の十字軍遠征で、アスカロンやリュッダが重要な意味をなしてくる。
Map:歴史的都市名を、イスラエルの現代地図に掲載した (正規イスラエルは緑、ヨルダン領イスラエル占拠下ヨルダン川西岸は褐色、イスラエル占拠が解除されたエジプト領ガザ地区はピンク色。)聖ゲオルギウスの地元はリュッダ(ギリシア語でディオスポリス)。
§ 十字軍遠征
[* 第一の十字軍(1095-99)にはじまり、聖ゲオルギウスが聖戦をたたかう教徒の前に出現した逸話はいくつかあるが、まだ
調査中なので、詳述はさける。]
第三の十字軍のあった12世紀頃、聖ゲオルギウスの竜退治伝説を新たに持ち帰ったのが、
ヨーロッパで流行ることになったひきがねであったらしい。
§ 雑学・豆知識
「泉の騎士」 (イヴァンに斃されたローディーヌの元の亭主)は、クレチアンのフランス語版では
「赤のエスクラドス」 Esclados le Rous だが、ハルトマンの中期高地ドイツ語版では、
「泉の騎士」の名はアスカロン Askalon である。
「アスカロン」は、長ネギをさす語(英語で"scallion")の語源である。すでに
プリニウスが「葱のことをユダヤではアスカロニアと称す]
NH 19 (Alium. . cepae genera apud. . Ascalonia, ab oppido Iudaeae nominata)としている。
古期英語の用語集である 『Old English Épinal-Erfurt glossary』 にも
ascolonium = hynnilaec;
ascalonium = ynnilec"
として掲載されているが、このhynnilaec とは ynni- 「玉ねぎ(オニオン)」+ lec 「ポロねぎ(リーク)」のことである。
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