- 2. エオルクランスターン eorclanstánas [アングロサクソン語]
- ベーオウルフが仕えるイェーアトの王、ヒイェラーク Hygelac が、戦果最悪となったフリジア遠征の際に身につけていた、ある種の宝石群(eorclanstánas [複数形] 『ベーオウルフ』 第 18 節 1208 行)。それは王の装身具 (frætwe 1208 行)*3 にちりばめられていた。
このとき王が身に着けていたが、もともとは勇士ベーオウルフが、デーン人〔〕の地を訪れ彼らをグレンデルの脅威から救った謝礼の一部として、王妃ウェアルフセーオウ Wealhtheow [英] Wealhþéow [古英]より賜った「喉環」〔〕 (healsbéag 1197 行/ healsbéah 2172 行)*4 または輪〔〕 (hring 1204 行)*5 である。
そしてこの環〔〕 (béah 1213 行。現代英語 bee ) ともども、王の鎧と亡骸がフリジア人〔〕の手に落ちた?のであった。
その美しさは、伝説上の⇒ 《ブローシングの首飾り〔〕》 のみぞ例えうるすばらしさであった。
この宝物がたどる詳しい経路については、⇒《ウェアルフセーオウの喉環》を参照されたし。
なお『ベーオウルフ』の綴り・発音は転訛であって、 正表記は「エオルクナンスターン」 eorcnanstán に近く、いくつかのアングロサクソン作品に例が見られる*6。古英詩 『Elene』 (Charles W. Kennedy 現代訳) の主人公は聖ヘレナ*7は、コンスタンティヌス大帝の母でありながら、高齢をおして聖地におもむき真なる十字架 (Rood [英] rode [古英]) を探し当て、 それを金や宝石やもっとも高貴なるアーケン石で装えよと命じた。
§ アーケン石の特定
これら用例からみても、「アーケン石」 (アングロサクソン語 eorcnanstán)という語は、特殊な宝石類(白色の聖なる石?)をさし、単なる宝石の総称である「ジェム」 (アングロサクソン語 gim)とは一線を画すものと思われる。
ただ、種類の断定となるとむずかしいが、Bosworth & Toller 辞書では、⇒真珠*8,*9 (=meregrot [アングロサクソン語] margarita [羅])、
または ⇒トパーズ (中世の黄色の宝石)と推察する。
グリムは仮説として、⇒ヴァイゼ (Waise [独] weise [中期高地ドイツ語]) という、ドイツ皇帝の王冠の宝石(乳白色のオパール?)との関連性を追求している。
語源学的な説明も分かれる。ひとつはグリムも指摘しているもので、古サクソン語 erkan 、古期高地ドイツ語 erchan 「正真正銘な」「優れた」に通じ、インド=ヨーロッパ語根 *arg (「白い」、「明るい」の意)にたどることができる、というものだ。
一方、 Jan de Vries の語源辞書は、 Bouterwek や Sievers 説にくみして
カルデア語 jarkān 「黄色っぽい貴石」 がおそらくの語源であるとする。
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*3
岩波本(忍足訳)ではこの"装身具"を「宝物(ほうもつ)」と訳し、"エオルクランスターン"を「宝玉」と訳す。
*4 岩波訳では、ここいらいっさいの語を「首飾り」に統一してしまっているが、そのじつ異なる単語が
いくつも飛び交っている。ヒイェラークが身につけていたほうは、釧・トルクのように(金属を輪ッかに曲げて創った)「環」である。
そして、ひきあいに出されているブローシンガ・メネ(ブローシングの首飾り)のほうが、(数珠つなぎにした)「ネックレス」の意味合いが濃
い。
*5
「フリング」は、「リング」の古語であるが、それが指輪という意味で使われることはまず皆無で、なにも説明がなければ「腕輪」と取られる。
たとえば、ワーグナー歌劇では呪われた指輪となっているが、その原型である北欧伝説の⇒アンドヴァラナウト(アンドヴァリの遺産)も腕輪である。『ベーオウルフ』では「喉の〜」という補足があり、喉環・首環だとわかる。
*6
<エクセター写本> The Exeter Book (Codex Exoniensis) に使用例が三点。「キリスト III」 1196 行では、キリストが「アーケン石」に例えられる。「廃墟 (The Ruin)」 36 行では、今では荒城となりしかも、かつて栄えし頃の城郭は、甲冑姿のつわものどもが、珍宝やら資財やら富やら「アーケン石」やらを眺めたものだった、と詠じる。
『不死鳥 (The Phoenix)』では、天国行きを選ばれた魂の頭上に浮かぶ光輪〔〕(halo)がアーケン石で編まれている。
*7
ジェフリー・オブ・モンマス(『英国列王史』におけるアーサー伝の著者)は、ビテュニア出身のヘレナをブリテン出身とまちがえた
。ウェールズでは、なかば伝説上のマクセン(マグヌス・マクシムス)の王妃エレン Elen Luyddog と混同・集合される。
*8
英国は早くから改宗国であるが、キリスト教においては、白い色は無垢の色で、⇒真珠は聖なる宝石の意味合いが濃い。
天国の入口のことは「真珠の門〔〕」と称す(「ヨハネ黙示録」21:21πυλῶνες μαργαρῖτου [原典] portae margaritis [ラテン訳])。
また、上の古英詩『不死鳥』で、昇天する魂の光輪は、アーケン石で綯〔な〕いたようであったというが、それはまばゆい真珠のごときだったろう。
時代はくだるが、中期英語詩『Pearl』 第 IV 節では、二歳に満たずにないで死んだ女児の精霊が、男の夢枕に立ち、真珠(mariorys [中期英語])の冠を頭に戴いている。さらには少女の衣装には真珠がちりばめられるばかりか、胸元には特大の真珠が輝いていた。
*9
ヒイェラークの首環と、そのひきあいに出されるブローシングの首飾りが同じ宝石を使っていたというわけではないが、
後者は、北欧文学で「ブリーシングの首飾り」と称し、ある詩で「美しい海の腎臓」という美称で呼ばれ、
これは「真珠」のことであると Cleasby-Vigfusson 辞書はしている。ただし、私としてはやはり海で獲れる「琥珀」のほうが
妥当ではないかと思われる ― というのは、『詩の語法』の「黄金の言い回し」に関連して「ブリーシングの首飾り」が持ち出されるのであるから。
首飾りには、均等なサイズの宝石多数ではなくて、傑出した宝石が一個ついていたのであろうか。
3. イアルクナステイン jarknasteinn, iarknasteinn [古アイスランド語]
英訳: "precious stone(s)" [Thorpe訳], "flashing stone(s)" [Bellows 訳]
北欧伝説の石。この語は、ただ3歌のエッダ詩に使われるのみで、どのサガにも用例がないため、
アングロサクソン語の借用だといわれている。
*10 (Herkja [北欧]) が、誹謗して ショーズレク (Þjóðrek [北欧])と密通しているなどとあらぬ嫌疑を訴える。その身の潔白を証明するため、グズルーンはしきたりどおりに試練に応じ、沸き立つ湯釜のなかの白いイアルクナステイン(「アーケン石」)をみごと素手で取り出して見せる。
"彼女は[おん手を]底に抜き放つ、その皓皓とひらめくその手さばきの、とりだしたるはアーケン石なりけり" [拙訳] (Gd. III, 第 9 詩節)。逆に試練に失敗して火傷を負ったヘルキャは、追放処分となる。
『グズルーンの歌 I』Guðrunarkviða in fyrsta—比喩。グズルーンが亡夫シグルズを「アーケン石」に譬え、ギューキの息子ら(つまり自分の兄弟)ははるかおよばない、と讃える。
『ヴェールンドの歌 I』Völundarkviða—
むごたらしい結末をみるこの物語では、鍛治師ヴェールンドは、若き二王子をひそかに殺し、その眼球でこしらえた「アーケン石」を、
何そしらぬ父親のニーズズ王(Níðuðr [北欧])に贈りつける。
ただし、これと同じ物語をつづった『シズレクのサガ』の「ヴェレント(Velent=ヴェールンド)の部」、第57-79章では、贈りつける怪奇的な品々の内訳がやや違い、「アーケン石」や眼球はその中にない。
そのかわり、と言っては何だが、こちらはヴェレントは、⇒《勝利の石》 (sigrsteinn [北欧])を陣中のニーズング王(Niðungr=ニーズズ王)に届けるという挿話が入っている。
*10
北欧『ヴェルスンガ・サガ』にはその人物の記述はなく、ブリュンヒルドがアトリの妹であるなど設定もちがう。しかし、ドイツ筋を訳した『ヴェルスンガ・サガ』では、 Erka の名で見える。『ニーベルンゲンの歌』では、Etzel(Attila) の最初の妃 Helche だが、すでに亡くなっており、その後添いにクリムヒルト(=グズルーン)がおさまる。
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