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アーケン石 【宝物】 【指輪物語】【ベーオウルフ】【北欧神話】

本項でとりあげるトピック:
1.J.R.R.トールキンの「アーケン石」 2.ベーオウルフの「宝玉」および古英文学 3.北欧神話のイアルクナステイン

1. アーケン石 (スラインの〜) [瀬田訳] アルケンストン [新訳] The Arkenstone (of Thrain) [英]

J.R.R.トールキン (1892-1973) の創作 『ホビットの冒険』新訳 『 ホビット / ゆきてかえりし物語』)に登場する、まばゆくきらめく白い宝玉*1 で、オーケンシールド家につたわるドワーフの至宝 。竜スモーグ Smaug の貯めこむ財宝の山にうずもれていたが、 盗っ人バーグラーの役を買われたビルボ Bilbo Baggins によって無事(?)、奪還。

 はなれ山エレボ−ル(英名ロンリー・マウンテン)*2 の岩根の下、つまり鉱山の地中の奥深くに築かれた《山の下のドワーフ王国》から出土したもので《山の精髄》ザ・ハート・オブ・ザ・マウンテン *1 ともあだ名される。

 原石のままではなく、それを切磋きりみがいたもので、ソリン・オーケンシールド(石の正当伝承者を主張するドワーフ族の嫡子)によれば、それは千もの刻面ファセットをもつ球、その輝きは篝火かがりびに映える銀のごとく、陽光の水面みなものごとく、綺羅星のしたの雪のごとく、月をあらう雨のごとし!(拙訳)である。

§ 由来・元ネタ

* トールキンが元ネタとしてつかったのは、以下に説明する古期英語「エオルクナンスターン」 および北欧詩の「イアルクナステイン」だ。 よってこの造語をそれらの訳語にあてられよう。以下、「アーケン石」はそれら古英単語・古ノルド単語の現代訳語と解釈してほしい。

*1 "..great white gem, which the dwarves had found beneath the roots of the Mountain, the Heart of the Mountain
— The Hobbit, Ch. 12, p. 243

*2 エレボール Erebor は灰色エルフシンダール語で「孤山」の意。

Arkenstone
— courtesy Council of Elrond.
2. エオルクランスターン eorclanstánas [アングロサクソン語]
ベーオウルフが仕えるイェーアトの王、ヒイェラーク Hygelac が、戦果最悪となったフリジア遠征の際に身につけていた、ある種の宝石群(eorclanstánas [複数形] 『ベーオウルフ』 第 18 フィット 1208 行)。それは王の装身具 (frætwe 1208 行)*3 にちりばめられていた。

 このとき王が身に着けていたが、もともとは勇士ベーオウルフが、デーンびとの地を訪れ彼らをグレンデルの脅威から救った謝礼の一部として、王妃ウェアルフセーオウ Wealhtheow [英] Wealhþéow [古英]より賜った「喉環」ヘアルズベーアフ (healsbéag 1197 行/ healsbéah 2172 行)*4 またはフリング (hring 1204 行)*5 である。
 そしてこのベーアフ (béah 1213 行。現代英語 bee ) ともども、王の鎧と亡骸がフリジアびとの手に落ちた?のであった。
 その美しさは、伝説上の⇒ 《ブローシングの首飾りブローシンガ・メネ のみぞ例えうるすばらしさであった。
 この宝物がたどる詳しい経路については、⇒《ウェアルフセーオウの喉環》を参照されたし。

 なお『ベーオウルフ』の綴り・発音は転訛であって、 正表記は「エオルクナンスターン」 eorcnanstán に近く、いくつかのアングロサクソン作品に例が見られる*6。古英詩 『Elene』(Charles W. Kennedy 現代訳) の主人公は聖ヘレナ*7は、コンスタンティヌス大帝の母でありながら、高齢をおして聖地におもむき真なる十字架 (Rood [英] rode [古英]) を探し当て、 それを金や宝石やもっとも高貴なるアーケン石で装えよと命じた。

§ アーケン石の特定

これら用例からみても、「アーケン石」 (アングロサクソン語 eorcnanstán)という語は、特殊な宝石類(白色の聖なる石?)をさし、単なる宝石の総称である「ジェム」 (アングロサクソン語 gim)とは一線を画すものと思われる。
 ただ、種類の断定となるとむずかしいが、Bosworth & Toller 辞書では、真珠*8,*9 (=meregrot [アングロサクソン語] margarita [羅])、 または トパーズ (中世の黄色の宝石)と推察する。
 グリムは仮説として、ヴァイゼ (Waise [独] weise [中期高地ドイツ語]) という、ドイツ皇帝の王冠の宝石(乳白色のオパール?)との関連性を追求している。

 語源学的な説明も分かれる。ひとつはグリムも指摘しているもので、古サクソン語 erkan 、古期高地ドイツ語 erchan 「正真正銘な」「優れた」に通じ、インド=ヨーロッパ語根 *arg (「白い」、「明るい」の意)にたどることができる、というものだ。 一方、 Jan de Vries の語源辞書は、 BouterwekSievers 説にくみして カルデア語 jarkān 「黄色っぽい貴石」 がおそらくの語源であるとする。

*3 岩波本(忍足訳)ではこの"装身具"を「宝物(ほうもつ)」と訳し、"エオルクランスターン"を「宝玉」と訳す。
*4 岩波訳では、ここいらいっさいの語を「首飾り」に統一してしまっているが、そのじつ異なる単語が いくつも飛び交っている。ヒイェラークが身につけていたほうは、釧・トルクのように(金属を輪ッかに曲げて創った)「環」である。 そして、ひきあいに出されているブローシンガ・メネ(ブローシングの首飾り)のほうが、(数珠つなぎにした)「ネックレス」の意味合いが濃 い。
*5  「フリング」は、「リング」の古語であるが、それが指輪という意味で使われることはまず皆無で、なにも説明がなければ「腕輪」と取られる。 たとえば、ワーグナー歌劇では呪われた指輪となっているが、その原型である北欧伝説の⇒アンドヴァラナウト(アンドヴァリの遺産)も腕輪である。『ベーオウルフ』では「喉の〜」という補足があり、喉環・首環だとわかる。
*6 <エクセター写本> The Exeter Book (Codex Exoniensis) に使用例が三点。「キリスト III」 1196 行では、キリストが「アーケン石」に例えられる。「廃墟 (The Ruin)」 36 行では、今では荒城となりしかも、かつて栄えし頃の城郭は、甲冑姿のつわものどもが、珍宝やら資財やら富やら「アーケン石」やらを眺めたものだった、と詠じる。 『不死鳥 (The Phoenix)』では、天国行きを選ばれた魂の頭上に浮かぶ光輪ヘイロー〕(halo)がアーケン石で編まれている。
*7 ジェフリー・オブ・モンマス(『英国列王史』におけるアーサー伝の著者)は、ビテュニア出身のヘレナをブリテン出身とまちがえた 。ウェールズでは、なかば伝説上のマクセン(マグヌス・マクシムス)の王妃エレン Elen Luyddog と混同・集合される。



*8  英国は早くから改宗国であるが、キリスト教においては、白い色は無垢の色で、⇒真珠は聖なる宝石の意味合いが濃い。 天国の入口のことは「真珠の門パーリー・ゲイツ〕」と称す(「ヨハネ黙示録」21:21πυλῶνες μαργαρῖτου [原典] portae margaritis [ラテン訳])。
 また、上の古英詩『不死鳥』で、昇天する魂の光輪は、アーケン石で綯〔な〕いたようであったというが、それはまばゆい真珠のごときだったろう。 時代はくだるが、中期英語詩『Pearl』 第 IV 節では、二歳に満たずにないで死んだ女児の精霊が、男の夢枕に立ち、真珠(mariorys [中期英語])の冠を頭に戴いている。さらには少女の衣装には真珠がちりばめられるばかりか、胸元には特大の真珠が輝いていた。
*9 ヒイェラークの首環と、そのひきあいに出されるブローシングの首飾りが同じ宝石を使っていたというわけではないが、 後者は、北欧文学で「ブリーシングの首飾り」と称し、ある詩で「美しい海の腎臓」という美称で呼ばれ、 これは「真珠」のことであると Cleasby-Vigfusson 辞書はしている。ただし、私としてはやはり海で獲れる「琥珀」のほうが 妥当ではないかと思われる ― というのは、『詩の語法』の「黄金の言い回し」に関連して「ブリーシングの首飾り」が持ち出されるのであるから。 首飾りには、均等なサイズの宝石多数ではなくて、傑出した宝石が一個ついていたのであろうか。

3. イアルクナステイン jarknasteinn, iarknasteinn [古アイスランド語]
英訳: "precious stone(s)" [Thorpe訳], "flashing stone(s)" [Bellows 訳]

北欧伝説の石。この語は、ただ3歌のエッダ詩に使われるのみで、どのサガにも用例がないため、 アングロサクソン語の借用だといわれている。



*10 北欧『ヴェルスンガ・サガ』にはその人物の記述はなく、ブリュンヒルドがアトリの妹であるなど設定もちがう。しかし、ドイツ筋を訳した『ヴェルスンガ・サガ』では、 Erka の名で見える。『ニーベルンゲンの歌』では、Etzel(Attila) の最初の妃 Helche だが、すでに亡くなっており、その後添いにクリムヒルト(=グズルーン)がおさまる。

Sources:

⇒Arkenstone—sources

Links

§ 『ベーオウルフ』

§ 『不死鳥』(Phoenix)

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