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アルマス Almace 【武器:剣】 【シャルルマーニュ伝説】

【剣】
Almace [仏、古仏];
 
Almice (Roland R 2089) *1, var. Almace, Dalmuçe, Aigredure; — Autemise (Renaut de Montauban RM p. 306); — Hautemise (Gaufrei Ga p. 154);
 
Almice (< 対格形 Almicem) [中期高地ドイツ語]; Almacia [古ノルド語]
[語源: (自説):英語の alms義捐金ぎえんきん に通じる単語で、「慈悲」を意味するラテン語エレーモシューナ、ギリシア語 エレイモシューネが*2が語源(?) (他の学説):Galmés de Fuentes 等の研究家は、アラブ名から由来するとしている。語源の欄外コラムはページ末に移転した]

【馬】
「デンマークにてグロッサイユ王より奪いし馬」 (『ロランの歌』); "コルドバの王が所持していた黒馬" (『カルル大王のサガI』)

【所持者】
Arcevesque Turpin (de Reins) [古仏]archevêque Turpin [現代フランス語];
biscoph Turpin (中世ドイツ詩『ローラントの歌』), bischof Turpîne (『カルル大帝』) [中期高地ドイツ語];
Turpin [古ノルド語], Túrpín erkibiskup [現代アイスランド語]

ランス (Reims)チュルパン大司教がロンスヴォーの戦いで振るった剣。
 この剣名がはっきりと明かされる場面(156節2089行)では、チュルパンはすでに矛4本に体を突き刺され、瀕死の状態だが、なおもて大軍に向かい、千回以上も撃ちまくる奇跡を起こす。  その刃は、⇒《褐色の鋼》でできていた (* acer brun [古仏] 。通常、「まばゆい鋼鉄」、「磨きぬかれた鋼鉄」と解釈される)。
『ロランの歌』以外では、二つの武勲詩にしか [?]*2名指しで登場していない剣である。 聖職者には殺生の戒めを破り、剣をみずからとって殺戮する描写は好んで取り上げられなかったことは想像に難くない。 僧は、「流血してはいけない」ということで、たとえ武器をとっても鈍器の「鎚矛(メイス)」をとることがスタンダートであった。
 北欧の伝承によれば、カルル大王がユダヤ人の金貸しから譲り受けた三本の剣のうち、鋼の山に切りつけてみて二番目に切れ味のよかったひとふりをアルマツィアと名づけ、「異教徒を討つによき剣かな」と述懐したという。

 司教の持ち駒についても下に記述した。

 司教の持ち物としては⇒《チュルパンの牧杖/十字架》も参照。

*1 大括弧([ ])内の部分は、 Langlois 著『Table des Noms..』(武勲詩の固有名表) による。 R=『ロランの歌』(Stengel 編)、RM= 『ルノー・ド・モントーバン』 Ga= 『ゴーフレイ』。

*2 オックスフォード英辞典の記載: "alms" (OE aelmysse ON almusa OFris ielmisse OS alamósna OHG alamuosan MHG almuosen) from common OTeut *alemosna or *alemosina a. Vulg. Lat. *alimosina , LL ĕlĕēmŏsyna "alms", Gk ἐλεημοσύνη "compassionateness, mercy")

チュルパン司教の攻撃 (部分)
— 僧コンラット作、中世ドイツ版
『ローラントの歌(Rolandslied)』
ms. P, Heidelberg
(Cod. Pal. germ. fol. 74v)

§ ロンスヴォーの戦いにおいて

 大司教チュルパンの剣、アルマスの名が明かされるのは次のくだりである:

Il trait Almace, s'espee de acer brun,
2090 En la grant presse mil colps i fiert e plus,

[チュルパン]は、褐色の鋼剣アルマスを抜き、
2090 多勢の群のまったただなかを、千度ちたびあまり打ちまくる。
『ロランの歌』第一五六節2089行-
 すでにチュルパンは、矛4本(.iiii. espiez)に体を突き刺された瀕死の重傷。 しかもこのとき生き残っていたのは、ロランとゴーチエと司教のわずか三人であった。 それでもなお、千回にわたる剣撃をくりだしたのである。

 アルマスが「褐色の鋼」でできているとあるが、これは中世の言い回しで、通常は「磨きぬかれた鋼鉄」のことだと推察されている。よって岩波訳だと「刃金輝く」と訳されている。
 なお、中世語の acer =現代フランス語の acierで、常に「鋼鉄」のことなのだと つい思っていたが、場合によっては単に「鋭い」とか「研ぎ澄まされた」などの形容として用いられることもあるようである。

 剣名があかされる箇所に至るまで、司教は大業物の矛グラン・テピエ」* (grant espiet, XCV 1248行) ばかり武器として振るっているかのようである。少なくとも明記されたかぎりではそうである。
 しかし、司教はすでに*1 アビーム (Abisme [古仏], Abysse (中世ドイツ『ローラントの歌』 5506行) Âbis (中世ドイツ『カルル大帝』) を相手取り、悪魔の贈物である魔法の盾エキュ・ア・ミラクル (l'escut amiracle [古仏])を一撃のもとに破壊するくだりで、アルマスを使っていたのではないかと思われてならない*2

Li arcevesque brochet par tant grant vasselage:
Ne laisserat qu'Abisme nen asaillet;
Vait le ferir en l'escut amiracle:
1500
Pierres i ad, ametistes e topazes,
Esterminals e carbuncles ki ardent;
En Val Metas li dunat uns diables,
Si li tramist li amiralz Galafes.
Turpins i fiert, ki nient ne l'esparignet,
1505
Enpres sun colp ne quid que un dener vaillet,
Le cors li trenchet tres l'un costet qu'a l'altre,
Que mort l'abat en une voide place.
(— laisse CXIV, ll.1497-1508)
大司教は、猛威をふるい、[乗駒に]拍車を掛ける。
アビームを討ち果たすまで、容赦すまじと。
1660 されば[チュルパンが]打ちすえし、その魔法ミラクルの盾には、
(1500) とりどりの宝石あり、アメジストやトパーズ、
エステルミナルや燃ゆるカーバンクル*あり。
かつてヴァル・メタスの谷にて悪魔めが、
総督ガラフに与え、いまここに伝わりしものなり。
1665 されどチュルパンには一匙の手加減なく、
(1505) その一撃のもと、盾は、もはや 一ドゥニエの値打ちもあらず。
その図体からだを、両の片腹にわたり斬りとおし、
かばねと化しを、空いた地面にに放り落とす。
(— 私訳。第一二七節1658行-)

 ここでアビームが「切り身」(trenches [現代フランス語])にされてしまうあたりも、 槍を使っているというのは無理があり、剣であるほうが理にかなっていると思ってしまう*3

 アルマスが屠るのにかっこうな敵といえば、その前に倒した魔術師アンシャントゥールシグロレル Siglorel l'encanteur にしてもそうだ。このサラセン人は、かつてジュピター(異教の最高神のひとり)によって地獄に案内されたこともある人物だった(『ロランの歌』一〇九節1390-1行)。
 北欧版だと、シコラス Sikoras (『カルル大王のサガ』第VIII枝篇 "Runzival" 第 25 章) が司教トゥルピンに倒され、「敵」 (*第 24 章で「サタン」のことであると表明される) によって地獄に連れて行かれることになっている。
 ドイツ版『ローラントの歌』では、ジゲロト Sigelot なる、異教徒が神とあがめる人物、とされている。
















*1  これはまったくの邪推というわけではない。中世ドイツ版『ローラントの歌』(1130年頃) では、 司教トゥルピンは、「鋭い剣」 (scarphen swerten Rolandslied 5419- 行) を、ジゲロトSigelot (5591 行)を倒す前、 アビッセ Abysse (5490-行)と戦う前からすでに使っている。
 J.W. Thomas の英訳ではクルサビレCursabile の頭を兜もろとも割ったことになっているが (4371-行) 原文を見るとそこは「矛」 (spiez 4416行)になっていた。

*2 中世ドイツ版 (Rolandslied 5490-行)だと、役割がこの逆になっていて、こちらではアビュッセ公爵が「トネリコの長柄」 (eschinen scaft) で司教の鎖鎧を突き破り (er stach in durch di halsperge)、馬の尻の向こう側まで振り飛ばしている。  Thomas 英訳では、「矛を打ち込んだ」となっているが、原文にはない脚色のようである。
    ドイツ版では:「切れ者のチュルパンは、アルミツェの上にあり、[戦闘の]中に跳りいる」 (Turpin der degen / inoch uf huber Almicem/also towente spranger dar. . . Rolandslied 6641-2 行 ) とあって、 馬名とされてしまっているようである。J.W. Thomas 英訳でも"Turpin while struggling with death, again mounted Almicem and dashed into the fray. (p.81)" となっている。

*3 ただし、『アルプルモンの歌』にも、ユー(Hue) の槍が剣のごとく前から後ろにかけて 切り裂く描写があることも挙げておくべきだろう。その後で死体が荒野にぶん投げられている。
[(Huë,) El cors li fait de sa lance un espois / Mort le trestorne delés bruieroi.](CLXX, 3176)
 

§ Karlamagnús saga (c. 1250 年頃)

 アルマスがどうやって入手されたかについて、フランス武勲詩には何も伝わっていないようである。
 しかし、失われていた話が、北欧の『カルル大王のサガ』に伝わっている。
 その話では、アルマス(北欧名アルマツィア Almacia )は、 英国の鍛冶師ガラント (
Galant smiður af Englandi [アイスランド語] =鍛冶師ウェランド) *1, *2 が鍛え、カルル大王が入手した三本の剣のうちの一本だということになっている。

 『カルル大王のサガ』第 I 枝篇、"第 43 章:イヴィンのマラキンがカルル大王に剣を伝える" によれば、マラキン (* 旧約聖書の人名マラヒヤ(マラキ))と名のる者が、(いまだ名前は与えれていない)三本の剣をカルル大王に献上し、なんとかこれで兄弟のアブラハムの釈放を実現させてくださいと請うた*3

第43章
 カルル大王は、ヴィアナ[* 南フランスヴィエンヌ市]入りし、ゲイラルド公爵[* ヴィエンヌのジラール]と講和を果たした。まもなくイヴィンのマラキン Malakin af Ivin が、 そこを訪れ、かれこれ十四年も監獄にいる兄(弟)アブラハムAbraham釈放を、なにとぞ、お願いできますまいかと、カルル大王King Karlamagnús に乞うた。 「さすれば、ここに最上の剣を三振り、持参してつかまつりました。 イギリスの鍛冶師ガラント Galant smidr af Englandi が拵えしもので、七年間しどおしでにくべられたそうにござります。ファーベル王 Faber kongr が、ブザン金貨七〇〇枚の担保 にと、私めに預けしもの。優れた神聖なる剣にござりますれば―わが兄(弟)の釈放をぜひともお願いいたしまする」
 カルル大王は引き受けることにした。ただし、剣が男の言うほどのものであるならばの話だが。マラキンは、いやそれ以上であるのだと言いはった:「いかなる帝王も、いまだかつて、かような剣を持ちえたためしはございますまい」と。
 カルル大王は、ゲイラルド公を呼び寄せて、「ひとつ寄贈品を所望したいのじゃがのう」と言った。
 ゲイラルドは、「ヴィアナ広しといえども、陛下にさしあげるを拒む品など何一つありませぬ」と言った。
 カルル大王は、「イヴィンのアブラハムをもらいうけたい」と言った。
 ゲイラルドとオリヴェルは、そ男の身柄を取りに出向き、王の御前に連れてまいった。王は大いに感謝を述べ、 身柄をマラキンに引き渡した。マラキンは王のもとへ行き、[三本の]剣を取って王に差し出し、そして家宅に帰っていった。
 王は剣を財物官フェーヒルジル(出納の蔵人) のディヴァ Difa に預けて保管させた。 そして喇叭を鳴らさせたので、皆は各々の自国へと帰って言った。カルル大王はエイス(=エクス・ラ・シャペル)に帰国した。

第44章
 カルル大王は帰郷するや否や、ナムルンネーム Namlun (*=Naime(s), Namle, Namlon[仏]、 Namo [伊])を呼びつけ、イヴィンの息子マラキンより得た剣を持ってまいれ、と命じた。王は剣を鞘から抜くと、それらを吟味した。良き剣のようである。 そして会堂の前にあるはがねの山にゆくと、まず一本目の剣をその鋼に手幅〔* 約10cm〕ほど斬り込んだ。すると、剣はわずかばかり欠け損じていた。「まっこと、これは良い剣じゃ、」王は言った。「⇒クルト 〔* 「短い」〕 Kurt と名づけようぞ」
 二本目は手幅ほどか、それよりも幾ばくかなお斬り込めた。それはアルマツィアAlmacia と名づけることにし、 王は、異教徒を討つによき剣かな、とのたもうた。
 そして三本目を斬りつけると、男の足尺の半分以上〔* 約15cm〕千切れとんだ。王はこれを ⇒デュルムダリ Dyrumdaliと名づけるべし」として、自らの元に置き寵愛した。

 後章(『カルル大王のサガ』"第58章:オッドゲイルとテオルヴィの騎士叙勲") で、 カルル大王はオッドゲイル Oddgeir (* = デーン人オジエ)にクルトを佩刀させる。
 その後でトゥルピン司教も私めにサラセン人と戦う武器を下さいませと言う。王は快諾し、司教に鎖帷子を着せ、 兜を被らせ、御物の剣アルマツィアを佩かせた。
 そして黒馬hestr suartur が引いてこられた。 かつてコルドゥルスの王 (*=コルドヴァの王) kongr af Kords がかつて所持していた黒駒である。これが、司教に与えられた。






*1 『カルル大王のサガ』の日本語訳は、いまだ未出版のようである。 Constance Hieatt の英訳を頼りに「アルマシア」と表記していのたが、よく考えるとこれは英語式発音であり誤記であろう。 古ノルド語の "c" は、 "k" の代用で使われていることもあるが、それ以外は借用語にのみあって "ts / t∫"の ような発音が推測されているようだ 。 (『カルル大王のサガ』 第 I 枝篇 の英訳の第 43-44 章からの抜粋は、以下のページにある。 →Karl's Swords / old server / old server Vika Zifrin 女史による Roland HT ページ。

*2 古ノルド語のテキストは、以下に掲載: Kms I, ms. A, Ch. 40-41

*3  マラキンというのは(高利貸であり、名が聖書の名であることから)ユダヤ人であること、また、造反していたゲイラルド公(=ヴィエンヌのジラール)が剣の取得に一枚かんでいることは、注目すべきである。
 
 これらの点は、武勲詩『ヴィエンヌのジラール』でオリヴィエが⇒オートクレールを入手したいきさつと共通する。
 まずオリヴィエの伯父ジラール(=北欧版のゲイラルド公爵)がかかわっていることがひとつ。そして、剣を差し出したのがユダヤ人だったということがもうひとつである。
 そもそも イヴィン Ivin というのは、フランス語の juif 「ユダヤ人」の誤読なのではなかろうか?(中世写本において "v" と "u" は等価である)

*1 コルドゥルスとは、スペインのコルドヴァのことである(Cordes [古仏])。さらに『カルル大王のサガ』第III枝篇、第36章によれば、この国の王にはフェリダン(ト) Feridan(t) という名がついている。

§ 「アルマス」の語源についての欄外

§ 「アルマス」の名が「義捐金ぎえんきん」しいては「慈悲」 の意味だとの自説
発音の相似を除けば、これといってれっきとした根拠はない。が、もしかすると立証づける片鱗があるのではないか、 と思わせぶりな事柄を2つ紹介しておきたい。
  1.  『ロランの歌』の材料をラテン語で書き綴った『偽チュルパン年代記』には、 じつは「死者の義捐金エレモシーネの模範例」という章がある (第 7 章 "De Exemplo Elemosine Mortui,")*1
     そして「義捐金エレモシーネ(* 私が「アルマス」の語源と目す語)を横領した咎人が「悪魔に連れ去られる」描写が、武勲詩でフランス勢に倒されるサラセン人の地獄落ち とよく似ているのである。

     おおよそのあらすじは次のとおり:ロマリクス Romaricus という人物が、 死ぬ間際に馬を残し、その売却金を貧民への施しにしてくれと従兄弟にことづけた。しかし、その男は 遺言を守らず、金をくすねて使ってしまった。
     ところが三十日経つと、このふとどきな横領者は、遺言人の亡霊の幻覚に悩まされることとなった。 お前が遺言通り執行しなかったおかげで、いままで(三十日間)奈落の世界に留置されてしまった。 が、わしの罪は赦され、今は晴れて天国に昇天することがかなったのだ。しかしお前はとうていそうはいくまい、 心せよ、との警告だった。
     男はこの幻覚のことを周囲に打ち明ける。兵士たちがその話題で井戸端会議をしているうちにも、咎人は、おぞましい 雄叫びをあげる悪魔どもによってどこかに連れ去られてしまう。十二日後、無残となった男の残骸が、 ナヴァール沿岸の岩場の多い岬で見つかったという。

     前述したように、この描写は『ロランの歌』で倒されたサラセン人の死に様に似ている。
     例えばオリヴィエに倒されたサラセン人の「霊は、悪魔どもこれを持ち去りぬ」(1510 行) (*原文では「彼の敵は、. .」 L'anme de lui en portent aversers 1553 行)、とある。
     さらに有名なのは、マルシルの死に様で、 (「その魂は、極道悪鬼に付したり」3647 行)とある。
     また、チュルパンが魔術師アンシャントゥールシグロレルを倒すシーンの北欧版でも、やはり「敵」(つまり「神の敵」、悪魔、ルシフェル)が敗者の霊を持ち去ったことになっている。

  2.  ⇒«英国王室戴冠式の三剣» は、シャルルマーニュ伝説に根づいた伝承と思わせるふしがある。
     戴冠剣のうちの一本がクルタナ Curtana と呼ばれていて、 デーン人オジエの剣の名と一致するのだ。そしてその戴冠剣は、切っ先が欠けた形であり、 「慈悲の剣ソード・オブ・マーシー」というあだ名がある。
     憶測を立てるならば、戴冠剣にはかつてすべて固有名がついており、そのひとつは「慈悲の剣ソード・オブ・マーシー」を意味する剣名、つまり「アルマス」だったと勘ぐることができる。
     具体的には、「宗教的正義の剣」"Sword of Spirtual Justice" と呼ばれる戴冠剣に 実は「アルマス」という名がついていたのではないか?と。

§ アルマスの名称アラブ起源説
Galmés de Fuentes 氏 *2 は、アルマス、デュランダルら剣名が、 アラビアの伝承に由来するとしている。中近東の文学・伝説に登場する剣で「アルマス」にそれほどよく 似た剣名というのは現れてこないようだが、アラビア語の「アル=」の定冠詞がついた、著名な回教徒の剣名として、 ⇒アル=サムサーマ (al-Ṣamṣāma) という剣を挙げている。

 次に、「アルマス」がアラブ語起源と仮定した場合の意味の解読にあたっている。
かつて Henry & Renée Kahanae 両氏が、モーゼのアラブ名である「アル=ムーサ」(al-Mūsā) に由来するのではないかと提唱したという。
 だが、この論文ではむしろ「アルマス」 almas という アラビア語が「ダイアモンド」の意味であることに重点をおいているようであった。







*1 『偽チュルパン年代記』の、例えば英訳を見つけ当てるのは、一筋縄ではいかないが、 実はGrandes Chroniques de Franceの第4巻 が、『偽チュルパン』から中期フランス語への訳出であり、その英訳 →Grandes Chroniques de France, Bk. 4 , Robert Levine 訳はオンライン化されている。 。該当部分は次のくだり:"There a knight named Romaric became ill.. told one of his cousins to sell his horse and distribute the money among the poor. . his cousin sold the horse . . [the sinful man saw terrible visions] .. and the devils suddenly seized the man," etc.

*2 Galmés de Fuentes, Álvaro (1924-2003) "Les nums d'Almace et cels de Durendal.. (Chanson de Roland, v. 2143) : probable origen árabe del nombre de las dos famosas espadas" (Madrid : Cátedra-Seminario Menéndez Pidal : Gredos, 1972);
Studia hispanica in honorem R. Lapesa. pp 229-241

Sources:

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