§ ロンスヴォーの戦いにおいて
大司教チュルパンの剣、アルマスの名が明かされるのは次のくだりである:
Il trait Almace, s'espee de acer brun,
2090 En la grant presse mil colps i fiert e plus,
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- [チュルパン]は、褐色の鋼剣†アルマスを抜き、
- 2090 多勢の群のまったただなかを、千度あまり打ちまくる。
『ロランの歌』第一五六節2089行-
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すでにチュルパンは、矛4本(
.iiii. espiez)に体を突き刺された瀕死の重傷。
しかもこのとき生き残っていたのは、ロランとゴーチエと司教のわずか三人であった。
それでもなお、千回にわたる剣撃をくりだしたのである。
アルマスが
「褐色の鋼」†でできているとあるが、これは中世の言い回しで、通常は「磨きぬかれた鋼鉄」のことだと推察されている。よって岩波訳だと「刃金輝く」と訳されている。
なお、中世語の
acer =現代フランス語の
acierで、常に「鋼鉄」のことなのだと
つい思っていたが、場合によっては単に「鋭い」とか「研ぎ澄まされた」などの形容として用いられることもあるようである。
剣名があかされる箇所に至るまで、司教は「大業物の矛〔〕」* 
(
grant espiet, XCV 1248行) ばかり武器として振るっているかのようである。少なくとも明記されたかぎりではそうである。
しかし、司教はすでに
*1
アビーム (
Abisme [古仏],
Abysse (中世ドイツ『ローラントの歌』 5506行)
Âbis (中世ドイツ『カルル大帝』) を相手取り、悪魔の贈物である
魔法の盾〔〕
(
l'escut amiracle [古仏])を一撃のもとに破壊するくだりで、アルマスを使っていたのではないかと思われてならない
*2 。
- Li arcevesque brochet par tant grant vasselage:
- Ne laisserat qu'Abisme nen asaillet;
- Vait le ferir en l'escut amiracle:
- 1500
- Pierres i ad, ametistes e topazes,
- Esterminals e carbuncles ki ardent;
- En Val Metas li dunat uns diables,
- Si li tramist li amiralz Galafes.
- Turpins i fiert, ki nient ne l'esparignet,
- 1505
- Enpres sun colp ne quid que un dener vaillet,
- Le cors li trenchet tres l'un costet qu'a l'altre,
- Que mort l'abat en une voide place.
(— laisse CXIV, ll.1497-1508)
- 大司教は、猛威をふるい、[乗駒に]拍車を掛ける。
- アビームを討ち果たすまで、容赦すまじと。
- 1660 されば[チュルパンが]打ちすえし、その魔法〔〕の盾には、
- (1500) とりどりの宝石あり、アメジストやトパーズ、
- エステルミナルや燃ゆるカーバンクル*あり。
- かつてヴァル・メタスの谷にて悪魔めが、
- 総督ガラフに与え、いまここに伝わりしものなり。
- 1665 されどチュルパンには一匙の手加減なく、
- (1505) その一撃のもと、盾は、もはや
一ドゥニエ†の値打ちもあらず。
- その図体〔〕を、両の片腹にわたり斬りとおし、
- 屍〔〕と化しを、空いた地面にに放り落とす。
(— 私訳。第一二七節1658行-)
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ここでアビームが「切り身」(
trenches [現代フランス語])にされてしまうあたりも、
槍を使っているというのは無理があり、剣であるほうが理にかなっていると思ってしまう
*3。
アルマスが屠るのにかっこうな敵といえば、その前に倒した
魔術師〔〕シグロレル
Siglorel l'encanteur にしてもそうだ。このサラセン人は、かつてジュピター(異教の最高神のひとり)によって地獄に案内されたこともある人物だった(『ロランの歌』一〇九節1390-1行)。
北欧版だと、
シコラス Sikoras (『カルル大王のサガ』第VIII枝篇 "Runzival" 第 25 章)
が司教トゥルピンに倒され、「敵」
(*第 24 章で「サタン」のことであると表明される) によって地獄に連れて行かれることになっている。
ドイツ版『ローラントの歌』では、ジゲロト
Sigelot なる、異教徒が神とあがめる人物、とされている。
*1
これはまったくの邪推というわけではない。中世ドイツ版『ローラントの歌』(1130年頃) では、
司教トゥルピンは、「鋭い剣」 (scarphen swerten Rolandslied 5419- 行) を、ジゲロトSigelot (5591 行)を倒す前、
アビッセ Abysse (5490-行)と戦う前からすでに使っている。
J.W. Thomas の英訳ではクルサビレCursabile の頭を兜もろとも割ったことになっているが (4371-行) 原文を見るとそこは「矛」 (spiez 4416行)になっていた。
*2
中世ドイツ版 (Rolandslied 5490-行)だと、役割がこの逆になっていて、こちらではアビュッセ公爵が「トネリコの長柄」 (eschinen scaft) で司教の鎖鎧を突き破り
(er stach in durch di halsperge)、馬の尻の向こう側まで振り飛ばしている。
Thomas 英訳では、「矛を打ち込んだ」となっているが、原文にはない脚色のようである。
ドイツ版では:「切れ者のチュルパンは、アルミツェの上にあり、[戦闘の]中に跳りいる」 (Turpin der degen / inoch uf huber Almicem/also towente spranger dar. . . Rolandslied 6641-2 行 ) とあって、
馬名とされてしまっているようである。J.W. Thomas 英訳でも"Turpin while struggling with death, again mounted Almicem and dashed into the fray. (p.81)" となっている。
*3
ただし、『アルプルモンの歌』にも、ユー(Hue) の槍が剣のごとく前から後ろにかけて
切り裂く描写があることも挙げておくべきだろう。その後で死体が荒野にぶん投げられている。
[(Huë,) El cors li fait de sa lance un espois / Mort le trestorne delés bruieroi.](CLXX, 3176)
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