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«Alius' and Olius' swords» 《アリーウスの剣》と《オリーウスの剣》 【武器:剣】 【北欧サガ】

«*Alíusar sverð» og «*Olíusar sverð» [アイスランド語]
スヴィーシオズ国 〔*Svíþjóð スウェーデンのこと〕ブズリ王 Buðli が注文した二振りの剣で、 それぞれアリーウス Alíusオリーウス Olíus という流れの鍛冶師が鍛えた。 彼らは、そのじつ小人ドヴェルグであった。

 アリーウスが、二つの剣は、あらゆる面で互角だが、ただ互いにぶつかりあうようなことがあれば、自分の剣がまさるだろう、と漏らしたので、 ブズリ王はオリーウスの最初の剣を折ってしまい、新たな剣を造れと命じた。
 オリーウスは、言いつけを守り、これにまさるものない業物を作り出すが、王の喜悦もつかの間、それはブズリ王の娘の息子たちに死をもたらすだろう呪いの剣で あることを明かす。
 王は、「なんともにっくき予言をもたらす占い師よ、」とのたまいて、成敗しようと刃をむけるが、小人たちは 冥府ヘルの闇へとたちどころに消えてしまう。
 ブズリは呪われた剣をレーギン湖 Löginn hjá Agnafit 〔* 現今のメーラレン Mälaren 湖〕*1 に沈める。
−『勇士殺しのアースムンドのサガ』 第1章*2

 一方、王家の元にのこされたアリーウスの剣は、そののちヒルディブランド(ゥル)・ヘルギッソン Hildibrandur Helgisson すなわちブズリの娘ヒルドの息子が振るうようになる。ヒルディブランドは《フン族の勇者》 Hünakappi とうたわれ、 無敵の強さをほこるが、やがてのち呪いの剣を手にした異父弟、アースムンドと対峙することになるのである*3

 その呪われた剣を回収する運命のアスムンド・アーカソンÁsmundur Ákason の出生は、いかにしてなったのだろうか。 ブズリ王が衰えだすと、スヴィーシオズ国をデンマーク王アールヴ Álfur が、股肱の臣アーキÁki を伴えて 侵攻したのであった。ブズリは戦死、王女のヒルドは戦利品として奪われ、すでに夫がいるにもかかわらず、アーキの妻としてあてがわれた。  そして生まれたのがアースムンドである。ヒルディブランドの種違いの兄弟とあって、容貌などもよく似ていた。

  デンマークの王アールヴはしかし、遠出をした折にヒルディブランドに殺される。 その遺子であるデンマーク王女、うるわしのエーサ Æsa in fagra にアースムンドはつめより、結婚を求めるが、彼女はヒルディブランドを倒して親のかたきをうつことを引き換え条件によこしてきたのである。

 なぜか不思議なことに、この王女は呪われし《オリーウスの剣》が、ヒルディブランドがふるう《アリーウスの剣》と唯一対抗しうる剣であることを知っており、 それが沈められた場所を正確に記憶する農夫がいることまで用意周到につきとめていた。
 アースムンドは農夫を尋ねていって、湖に三度潜水する。一度目は空手で終わるが、二度目は湖底にのめりこんだ鉛箱 をこじってゆらがし、三度目にはその箱を陸に引き揚げた。斧をふるって箱を開けようとすると、斧は刃にふれて大きく欠けた。

こうして《アリーウスの剣》を腰にしたアースムンドは、ヒルディブランドと狂戦士ベルセルクらに 悩まさつづけるサクスランドSaxland 〔* ザクセン〕公爵らの応援に割って入る。 公爵らは、毎年、切り取られるようにしてその領地をもぎとられていたのである。  

アースムンドに対し、ヒルディブランドは一度に二人がかり、四人がかりと狂戦士を差し向ける。 最後には十一人がかりでもかなわないので、ついにはヒルディブランドみずからおでましせざるをえなくなった。 ヒルディブランドの剣はアースムンドの兜に当たり、柄のところから刀身がぽっきり折れて川に没してしまった。 しかし、そのときはすでに致命傷の深手を負っていたのである。

 瀕死の ヒルディブランドは、ここで「ヒルデブラントの挽歌」*4 ともいう詩歌 を辞世として弟に詠み伝えるのである。
 そしてその兄弟の運命の交わり方の皮肉についてを嘆く。そして、サガでは明確ではないことなのだが、 もしここでサクソの『デンマーク人の事績』にある記述で補足することが妥当ならば、ヒルディブランドは この期におよぶまで自分らが兄弟であることを相手に打ち明けていなかったことになり、 悲劇性がいっそうつのられるのである*5

もうひとつ、辞世の中で興味深い点は、かつて戦のさなか、ヒルディブランドが我が子を自分の手で殺めてしまったことを 懺悔するくだりである。つまり古期ドイツ詩『ヒルデブラントの古歌』 の断片(800 年頃)の ヒルデブラントのように、父子が相対したと言っているのだ。『古歌』のほうは結末が遺失しているため決着がわからないが、 おそらく子を殺してしまったものと一般に考えられている*6

 勇者殺しの名誉を得たアースムンドはアーサと結婚する。 すんでのところで別の婚約者に横取りされるところであったが、結婚式に間に合い、そこで 自分の武勲を「私は一人を、二人を、. . . そして十一人を」相手にした詩として吟じるのである。

 ところでサクソの『〜事績』作中の同一人物(ハルダヌス)も、やはり別の婚約者が現れてあやうく姫を 横からかすめ取られそうになる。なぜそんなことになったかの理由については、サクソの方が詳しく、 勝利したハルダヌスが戦死したと事実に反して誤報されたからだと説明している。また、ハルダヌスがその結婚式に 乱入して言う台詞にも、やはり「一人を. . . そして十一人を」という決まり文句が入っている。













*1 レーギン湖については、女神ゲヴィオンが耕した跡にできた湖だという神話が新エッダにのこされている。

*2 「勇士殺しのアースムンドのサガ」。 西田郁子訳が、日本アイスランド学会編訳 『サガ選集』 pp. 203-229 に所収されているるそうだが、未読。 当ページは、主に Bachman 英訳による。 アイスランド語テキストは、Ásmundar saga kappabana











*3 この異父兄弟同士の戦いのストーリーは、サクソ・グラマティクス(1150〜1220,)著 『デンマーク人の事績』 第 VII 巻でも語られているが、 ただしラテン語のこの"史書"においては、兄弟の名がヒルディゲルス Hildigerus [羅] (デンマーク読み「ヒリガー」 Hildiger )ハルダヌス Haldanus [羅] (「ハルフダン」 Halfdan) となっている。そのストーリーについてはハルダヌスが所持する二振りの剣である ⇒ Lyusingus & Huytingus の章でいずれ述べたい 。














*4 「ヒルデブラントの挽歌」(ドイツ読み) ("Hildibrands Sterbelied" [独]) は、 Andreas Heusler と Wilhelm Ranisch 共著の『Eddica Minora』 (1903 年) にて「マイナーなエッダ詩」 に分類された。

*5 ヒルドィブランドは、辞世のなかで彼ら二人の母親のことをドロット Drótt と呼んでいる。なぜか?(ヒルドという名のはずなのに)。 ところが、サクソの物語の中では、殺しあう兄弟の母親はドロタ Drota である、という一致性がみとめられる。 言い逃れ作戦としては、「家人」、「王の家来」という意味のある Drótt を 「女王、王妃」の意の dróttning に改正するという手段もとられているようだ。

*6 ただし、13世紀、中期高地ドイツ語の『ヒルデブラントの新歌』では、父子が殺しあわずに和解するという結末に描かれている。 それでも本来の作品では悲劇的なエンディングであろうと一般に考察されているのであり、『ヒルディブランド(ゥル)の挽歌』の このくだりはそれを立証づけるものである。

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