- ceval sor (de Marganice) [古仏]; ----- [中期高地ドイツ], ----- [北欧]
- マルシル王の叔父である 教皇マルガニスが乗りこなす、
栗毛〔〕*1(*岩波文庫版・有永訳では「柑子〔〕栗毛」)の毛並みの軍馬。
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マルシル王の叔父であるマルガニス*2と、マルガニスが叔父と呼ぶ「アルガリフ」とは同一人物である。
さらに、この「アルガリフ」というのは肩書きであることは、岩波文庫版『ロランの歌』453行目の巻末註でも見てのとおりだが、「アルガリフ」とはやはり発音の酷似する「カリフ」のことであろうと考えられる。次にそのことについて考証してみる。
§「アルガリフ」の称号の解明の試み
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カリフとは、直訳すると預言者マホメットの「後継者」で、本来はイスラームすべての宗教的指導者のことであった。が、やがて王朝の覇者(政治権力の頂点に立つもの)がこの呼称を名乗るようになった。
じっさいの歴史をひもとくと、この時代、シャルルマーニュとも国交のあった「カリフ」がバグダードに君臨した。
すなわちアッバース朝のカリフ(例:五代ハールーン・アッラシード)のことである。
しかし、バグダードのカリフには、エジプトのアミール(総督)を任命する権限があった。(当時の総督府 Al-Fustat は、現今のカイロ市のやや南、バビロン砦のごく近くに位置した。)
つまり、このカリフというのは、物語の「総督バリガン」というキャラクターよりも、さらに格上だったのだ。
であるからにして、マルシル王の叔父の「アルガリフ」に、この「アッバース朝の教皇〔〕」にあてはめるのは、はなはだ不当といわざるを得ない。
だが、もうすこし歴史の遷移をおってみよう。やがてバグダードの正統カリフ政権が脆弱化するにつれ、
スペインのコルドバ政権 (後ウマイヤ朝) (929-1031年) が「教皇〔〕」を僭称するようになる。また、エジプトで台頭したファティマ朝(969年~)も「教皇〔〕」を騙るようになったのである。
(まあ、このように新興勢力を異端扱いした表現は、正統スンニ学派の側に立った申し分なのだが。)
だから、ある程度の時代錯誤(シャルルの時代より百年強のズレ)がゆるされるならば、「教皇〔〕」マルガニスを、
新興コルドバ国王の「教皇〔〕」あてはめてみることもでき、
少しはつじつまも合う具合になってくる。
そうなると、「教皇〔〕」マルガニスと、スペイン南部を支配するセヴィリヤのマルガリスも、
たんなる名前の空似ではなく、同名同一ではないかとも思えてくるのだが、これについては後述する。
以上から「アルガリフ」の和訳語にあたっては、いろいろ考えてもみたが、けっきょく定訳の「教皇」をあてることにした。
一国王クラスの実権よりも、はるかに偉そうな響きがあることは、この際、しかたないこととする。
§ 中世ドイツ人や北欧人作家も翻弄された「アルガリフ」の称号
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さて、中世ドイツやノルウェーの書き手も『ロランの歌』を訳出・翻案するにあたって、この「アルガリフ」問題で
つまづいたようで、アルガリフのことを肩書きでなく個人名とみなしてしまっている*3。
アルガリフの名は、アルガリセス、アルガリエツ Algalises, Algariez [中世ドイツ、『カルル大帝』]、アルガリッヒ Algarich [中世ドイツ、『ローラントの歌』]、ランガリヴ
Langalif [北欧、『カルル大王のサガ』]等の人名として訳されている。
マルシル王の叔父
『ロランの歌』に登場するその他の肩書きについては
サラセンの称号の表を参照。
*1 ソールがどういう毛並みか、またどう訳すかは、なかなか厄介な問題である。
複雑を避けるため、まず英名の場合を考察してみるとしよう。
英語では、ソレル sorrel とチェスナッツ chestnut という毛並みがあるが、その区別が難しいとされ、
二つの相違はないと言い切る飼育(ブリーダー)関連サイトもあるくらいだ。
だが、オックスフォード英辞典では Sorrel を 「より明るいチェスナッツ色」"=of a bright chestnut color; reddish brown"としているので、ひとまずこれに従うとしよう。
順当に考えれば、「チェスナッツ馬」=「栗毛」と直訳したいところである。さすれば「ソレル馬」=「明るい栗毛」ということになる。そして栗毛系統の馬色用語としては、『広辞苑』にもいくつか載っている。「柑子栗毛」=「やや柑子色をおびた栗毛」、「薄栗毛」=「黄色を帯びた栗毛で、たてがみの黒いもの」、「白栗毛」=「薄く黄ばんだ栗毛」などがそれらである。
よって「ソール/ソレル」の訳として、これらから選択してみたくなるのは道理である。
ところが、、「ソレル馬」=「栗毛」で、「チェスナッツ馬」=「栃栗毛」だとする馬関連サイトがある。
この問題が、いかに一筋縄ではいかないか、思い知らされる。
さて、フランス語の場合、色の用語として、「栗の色」をさす châtain と 「栗または栃の色」をさす marron という語が混在するから、さらにややこしい。
また、sorrel という語には、「スイバ」や「オキザリス」など酸っぱい系統の植物の意味もあり、有永訳で「柑子栗毛」(オレンジのかった栗毛)を採用した一因でもあるかと疑えるが、馬の毛並みの語とは、まったく無関係のようである。古フランス語の sor は、そもそも「羽がわりしていない一年目の鷹の赤茶色」を意味し、そこから馬の毛色に転用されたらしい。これは、
オックスフォード英辞典 sore という英単語の見出しで説明があった。
*2 原文では、sis uncles, Marganices CXLIII 詩節 1913-4 行。
ドイツ版では「母方のおじ」sin oeheim Algalises (『カルル大帝』2647, 3400行)
となっている。
*3よって、デア・シュトリッカー作『カルル大帝』(Karl der Grosse) では、「アルガリエツというカルタゴの王」
der künec von Kartâge / der was geheizen Algariez. (KdG 7474-5 行)などと記されている。
* また、アルガリフの名が「マルガニス」であるいという事実、または「マルガニス」という名の登場すら、
O 本以外にないわけだが、ドイツや北欧版にも見られない。
§ La chanson de Roland (ca. 1100 年頃)
§ マルガニスとオリヴィエとの死闘
マルガニスが乗馬する 栗毛〔〕(柑子栗毛)の馬が、語り手に紹介されるところですでに、マルガニスはオリヴィエに致命傷を与えている
*1。
- Li Marganices sist sur un ceval sor,
- Brochet le ben des esperuns a or,
- 1945
- Fiert Oliver derere en mi le dos.
(— laisse CXLV, ll.1943-5)
- マルガニスは栗毛の馬に座し、
- 黄金の拍車で、ぐっと馬を突いた。
- 1945
- オリヴィエの背後、背の真ん中を撃つ
(— 私訳)
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瀕死のオリヴィエはしかし ⇒ オートクレール をふるってマルガニスの頭を割り、
命を奪う。
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§ 新説:セヴィリヤのマルガリス=マルガニスか?
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セヴィリヤのマルガリス
(Marganice de Sibilie 『ロランの歌』第七八節 955 行
Margariez. . von . . Tazzarie und Sibilje [中世ドイツ、『カルル大王』]、
Margariz uon Sibiliae[中世ドイツ、『ローラントの歌』]、 Margariz af Sibilia (Sibilborg) [北欧、『カルル大王のサガ』])。
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ここで、サラセン側(マルシル王配下)の十二臣将にかぞえられるセヴィリヤのマルガリスが、じつはマルガニスのことではないかということについてふりかえり検証してみることとする。
名前こそ酷似しているが、従来の注釈者は、二人をまったくの別人として扱っている。
マルガリスの方が、婦人の気を引くほど好男児だと歌われているところも、なかなかマルシル王の叔父のイメージと結びつかなくさせているポイントだろう。
だが、最初に着目すべきは、マルガリスという人物が、まだロンスヴォーの戦いが中途半端しか進んでいない時点で、オリヴィエと手合わせして引き分けたのはいいが、その後、何ら説明もなしに、どうなったか語られなくなってしまう、という不審な点だ。
この点、有永氏は、マルガリスは「マルシルの所へ報告と救援に行ったのであろう」(一三一〇行の巻末註)と容易にかたづけている。しかし、『ロランの歌』がこのことについて白紙であるのに、そんな結論に達することができようか?
そんなことが言えるのは、北欧版『カルル大王のサガ』には、マルシル王に生還報告しているという、
フランス武勲詩にない部分が書かれているからなのだ*2。
しかしこれは、北欧人翻訳係が、欠損を埋めるために勝手に創作して書き足したという可能性も否めないのである。
中世における「翻訳」作業ではよくある話である。
そうすると、マルガリスは、じつはマルガニスであり、他者と同様、ロンスヴォー戦で果てたとは考えられないだろうか?
二人の人物を比較するにあって、それらの所領を見てみよう。
不思議なことに、『歌』では、重要人物であるはずの「アルガリフ」の所領・本拠地というのが定かでない。
しかし、マルガリスの所領については、ありありと書かれている:
マルガリスは、まずその呼称からして、地元がスペインのセヴィリアであることがうかがえる。
さらには、スペイン南端のカディーズ Cadiz の海港に接した土地も持っているという。
そのほか、「カルタゴとアルフレールとガルマリア、. . さらにエチオピア」を領地とすることもわかる
(Ki tint Kartagene, Alfrere, Garmalie/E Ethiope 第一四四節 1915-6 行)*3。
さて、上で「アルガリフ」は、「コルドバのカリフ」を元にした呼び名ではないか、との仮説を立ててみたが、
果たして、コルドバ市というのは、セヴィリアの北東わずか 132 km にあり、またカディーズ港も、この地方に
位置する(セヴィリアの南南西 153 km)。
また、その領地にカルタゴが含まれることは注目に値する。なぜなら、カルタゴ市(チュニジア)というのは、
ファティマ朝カリフが、エジプト征服を果たす以前まで、本拠地としていた場所だからだ。
とすれば、マルガリスという人物は、(時代錯誤はあるが)ファティマ朝カリフとコルドバのカリフ政権の性質を
兼ねそなえたキャラクターということもできる。
以上は、かなり間接的な状況証拠だが、真に迫るところがあるのではなかろうか?そしてもうひとつ、上述した
事実を思い出してもらいたい。ドイツ版『カルル大帝』では、アルガリエツは、カルタゴの王とされていることを!
つまり、フランス版でマルガリスがカルタゴの統治者だというプロフィールと、重なっているのである。
以上が、「マルガリス=マルガニス」仮説のあらましである。
最後にひとつ、マルガリスは、「プリームの都督〔〕」より贈られた黄金の柄の剣 (第七八節 967行)を持っていた。
§ その他
- ここで「栗毛」にあたる語 sor は、前置詞「〜の上に」を意味する sor (=現代仏語 sûr) と同じ綴りなので、過去の訳者は見落したであろう。そのためか、ドイツ版や北欧版では、マルガニスの
馬が何色の毛並みか書かれていない。
*1
La chanson de Roland
*2
『カルル大王のサガ』では、マルガリツ Margariz は、四本の剣を突き立てられながらも、
生存し、(第 26 章) マルシリウス Marsilius に報告に行っている。
一方、ランガリヴ(=アルガリフ)の方は、オリヴェルに殺される (第 33 章)。
*3
アルフレール(市?)やガルマリア(国?)というのは、『Langlois 固有名表』を見る限りでは『ロランの歌』以外の武勲詩にない地名。
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