§ Iamblichus (250-330年頃), De vita Pythagorica
イアンブリコスによる『ピュタゴラス伝』
De vita Pythagorica*1 (第19章・90-94節) 曰く、
スキタイ人アバリス*2という
アポロンにつかえる僧侶が、集めた寄付金をもってヘラス(ギリシア)を訪れ、帰郷する道中で
ピタゴラスに面会したという。(
* ただアバリスは前八世紀の人とされていて、じっさいには同時代の人間ではない)
アバリスは、ピタゴラスの人となりにアポロン神を見いだしたが、ピタゴラスは、のちほどひそかに
黄金の太腿 *3 を披露してみせ、
その神性を証明して見せた。
アバリスは敬意を表して、その魔法の矢を献上(返納)したという:
Πυθαγόρᾳ ἀπέδωκεν
ὀιστόν, ὃν ἔχων ἀπό τοῦ ἱεροῦ ἐξῆλθε, χπήσιμον αὐτῷ
ἐσόμενον πρὸς τὰ συμπίπτοντα
δυσμήχανα κατὰ τὴν
τοσαύτην ἄλην. Ἐποχούμενος γὰρ αὐτῷ καὶ τὰ ἄβατα
διέβαινεν, οἷον ποταμοὑς
καὶ λίμνας καὶ τέλματα καὶ ὄρη καὶ τὰ τοιαῦτα,
καὶ προσλαλῶν, ὡς λόγος, καθαρμούς τε
ἐπετέλει καὶ λοιμοὺς ἀπεδίωκε καὶ ἀνέμους ἀπὸ τῶν είς
τοῦτο ἀξιουσῶν πόλεων βοηθὸν αὐτὸν γενέσθαι.
[92]
Λακεδίμονα γοῦν παρειλήφαμεν μετὰ τὸν ὑπ᾽ ἐκείνου
γενόμενον αὐτῇ καθαρμὸν μηκέτι λοιμῶξαι, πολλάκις πρότερον τούτῳ τῷ παθήματι περιπεσοῦσαν διά
τὴν δυστραπελίαν τοῦ τόπου, καθ᾿ ὃυ ᾤκισται, τῶν Ταϋγέτων ὀρῶν πνῖγος ἀξιόλογν αὐτῇ παρεχόντων
διά τὸ ὑπερκεῖσθαι, καὶ Κρήτης Κνωσσόν.
καὶ ἄλλα τοιαῦτα τεκμήρια ἱστορεῖται τῆς τοῦ ᾿Αβάριδος δυνάμεωσ.
— Vita Pyth. 19, §91-92
.. [アバリスは、]その寺院を旅立ったときに手にしていたその矢をピタゴラスに渡したが、
それは[長旅で]彼を阻む数々の困難には便利であったろうしろものだった。
なぜに、それに乗れば前人未踏の場所も越えることができたのだ;
川や湖、沼沢や山などだ。また、(話によればだが)依頼された都市ごとに、[アバリスは]矢に語りかけながら、
洗浄の儀をおこなったり、疫病や風を追い払ったりしたという。
ともかく、[アバリスが]清めた後、ラケダイモンがにどと疫病に悩ませれることはなかったことは確認できている。
それまでは、しばしばこの災厄をうけていたが、それは位置する場所の不健康さのせいであった
(タユゲトス山脈が町の上にそそり立ち、たちまち焼き尽くすからだ);
そして[アバリスは、]クレタ島クノッソスも清めた。他にもこうしたアバリスの神通力のあかしが記録されている。
—私訳
| |
アバリスが疫病から救った
ラケダイモンという地は、 ここでは"タユゲトス山脈がそそり立つ町"
とされているが、 別名ラコニア地方、つまりギリシア南部ペロポネソス半島の、スパルタが所在する地域のことである。
イアンブリコスでは、後の章(第29章/140-141節)でもこの事件を反芻しているが、そこでははっきりと
「黄金の矢」 (
ὀιστὸν χρυσῆς [ギリシア語(対格)])
*4だったと述べている。
*1 和訳は、佐藤義尚/訳『ピュタゴラス伝 』(国文社 2000年 291p [叢書アレクサンドリア図書館 4])が出ているようだ。→Yahoo!ブックス 4-7720-0398-3 ¥4,725
当ページでは、次なるギリシア文+英訳の書籍から和訳している: Iamblichus, On the Pythagorean Way of Life, text, translation and notes by John Dillon and Jackson Hershbell (Atlanta, Ga. : Scholars Press, 1991)
*2 ここではスキタイ人となってしまっているが、ヘロドトスはスキタイと
はっきり区別されたヒュペルボリアの国の人としている。
*3 英訳版の註によれば、「黄金の太腿」"golden thigh" の伝説は、アリストテレス
が伝えたもので、そのことの言及は、 アッポロニオス(前2世紀?) Apollonius Paradoxographus [略 Apollon.] 著
『驚異譚』Mirabilia(Mirab. 6)[Keller 編 Rerum naturalium scriptores graeci minores (1877年) に収録]
にあり、ヘルミッポス Hermippus が詳述しているという。[Diogenes Laertius, De Vitis Philosophorum 8.1 として収録(?)]
*4 Iamblichus VP 第29章 § 140-141.
[* イアンブリコスはこの章では、内容が矛盾する別の資料を参考にしたのかもしれない。
というのは、ここではピュタゴラスがアバリスの「黄金の矢」を奪って帰郷できなくし、
彼をとどめて自分の教えを直伝したことになっている]
§ epitome of the pseudo-Eratosthenes Katasterismoi (Catasterism) (1 〜2 世紀)
《アバリスの矢》を、そもそも ⇒《アポロン神の矢》 だったとする見方は、天文学書(星座の神話的解説書)に載っている。
エラトステネスの 『星座物語〔〕』*1, 「 第29章:矢座」(= 矢座〔〕)にはこう書かれている *2:
この星座はアポロンの矢である。この矢でもって、ゼウスの雷霆〔〕を作る単眼巨人〔〕たちを殺したが、それにはアスクレピオスの件がかかわっていた。
アポロンは、矢をヒュペルボレア人たちのただなかに隠した。そこは、《羽の神殿》がある場所でもある。
後〔〕ほど、アドメトス王への奉公〔*キュクロペス殺しの懲罰としてさせられた〕は、
もうしないでよいとのゼウスの赦しが出ると、この地にふたたび再来した。
そのことはエウリピデスが[劇作]『アルケスティス』で言及している。
矢は、果実をみのらす[豊穣の女神]デメテルを乗せて空中を運ばれたと信じられている。
—私訳
アポロンがこんな不祥事をひきおこしたことには、それなりのいきさつがあった。
アポロの息子 アスクレピオス (参: ⇒《アスクレピオスの杖》 )は、半神半人だけあって、
尋常ならざる医療の技術を持っていた。ときには死者をもよみがえらせたといわれ、神の領域の侵害したとして
ゼウスによって命を絶たれた。
これに憤慨した アポロン神は、報復としてゼウスが投ずる雷を鍛造する キュクロペスたちを
抹殺した。しかしそれがよもや 咎〔〕めだてられずにすまされるはずはなく、
アポロンはお仕置きとして、人間の姿となり奴隷としてアドメトス王に仕えることを命じられた。
そうして肝心なところだが、『 星座物語〔〕梗概』は、 アバリスの矢がすなわちアポロンの矢であったという言い伝えに触れている。
もっとも古い資料によれば、アバリスはギリシアを旅する際、アポロンの矢を
象徴のバッジとして携えていた。ところがヘラクレイデス*3
は、アバリスが《アポロンの矢》をその手段として旅行したという。どうやら魔女のほうきと同様にということらしい。
『星座物語〔〕』は、<矢がたいへん大きい>ということに
ついて以外はヘラクレイデスを引用していない。
—私訳
また、矢が「実を結ぶ(豊穣なる)」デメテルを、あるいは「時節の果実」を運んできたというのは、
ヒュペルゴレアが供物を麦わらに包んでギリシアに送った慣習のことを指しているのだと解説する。
これは使節に帯びさせて運ばせるのではなく、隣国のスキタイに渡し、またその隣へ届けてもらうという方式で
ギリシアに送った (Herodotus 4.36 の記述)。
*1 四十二の星座の説明、特にそれらの神話的な創造説を語る書。
エラストテネスの作というのは疑わしい。現存するものは、現本ではなく、それを摘要した解説書であり、
偽エラトステネスの『星座物語〔〕』
の梗概〔〕と呼ばれる。
*2 私訳は英訳に拠る:Theony Condos (訳) Star Myths of the Greeks and Romans: A Sourcebook Containing the Constellations of Pseudo-Eratoshenes and the Poetic Astronomy of Hyginus (Phanes Press, 1997)
→Amazon $12.89
もとは同氏の学術論文:"The Katasterismoi of the Pseudo-Eratosthenes: A mythological commentary and English translation" (1970 年)で訳されていたもの。
*3
Heraclides, Περὶ δικαιοσύνης
『正義について』
§ Hyginus Poeticon astronomicon
【ヒュギヌスの引用するエラストテネス】
アポロンがヒュペルボレアの山に埋めたとする。
| 【エラストテネスの「梗概」】
ヒュペルボレアのどこに隠したかあやふやだが、「羽の神殿」をもちだしているところを見るとそこが隠し場所だったのかもしれない。これは羽と蜜蝋を材料としてデルフォイでこしらえられ、ヒュペルボリアの地までアポロンが飛ばしたという。
|
【ヒュギヌスの引用するエラストテネス】
ゼウスが赦免後、矢は時節の果実をともなえておのずとアポロンの元にもどってきたという。
| 【エラストテネスの「梗概」】
女神デメテルをのせてきた。
(*しかし前述したように、いずれの場合も、ギリシアへ供物を贈ってきた慣習
を比喩的に表現しただけかもしれない。)
|
*1 作者は、「ヒュギノス」、「ヒギノス」ともカナ表記される。
これも「偽ヒュギヌス」の口で、つまり従来 C. Julius Hyginus の作とされるが疑わしい。
ラテン語テキストは、複数サイトに掲載される: Hyginus, Poetica astronomica II. xv の章末
(".. Cum autem Iuppiter ignoverit filio, ipsam sagittam vento ad Apollinem perlatam cum frugibus, quae eo tempore nascebantur. Hanc igitur ob causam inter sidera demonstrant. ")
また、1485 年出版の木版画入り本の画像は: chap.xv~end
§ アバリスと、トロイアのパラディオンとの関連
アバリスが、トロイア市民たちに聖なる パラディオン( παλλάδιον, [希] ; Palladium [羅] パラス・アテナの偶像)を売りつけたという話がある。
その逸話によれば、この偶像は ペロプス Pelops*1の骨で
できていたと宣伝して売りさばいたのだそうだ。
この、骨が材料になったという勇者については、こんないわつきがある:ペロプスは、かつて父であるタンタロスによって 細切〔〕れにされ、煮られて神々の食卓に運ばれたという。しかし、(心うつろだった一人をのぞき)神々はこれを食せず、ぺプロスをもとどおり生き返らせたという。
トロイアにパラディオンが安置されるかぎり、その都市を難攻不落でありつづけるとされた。
そこで、オデュッセウスとディオメデスとで、その偶像をかっぱらって逃げたという (『アエネイス(アエネアスの歌)』 ii, 164 等).
異説では、アエネアスがトロイアを脱したとき、自国のパラディオンをイタリアに持ってきたのだという。
アバリスがこのパラディオンを作ったという逸話は、フィルミクス・マテルヌス Firmicus Maternus *2にある:
「アバリスは神像をトロイア人たちに売りつけた。馬鹿正直な人たちを欺むいて、保証しますといったのである。
神像が売られたのは、何かと買主に役立つためであり、買主たちは、ほんのさっきまで競売にかけられていた者を
従順に拝んでいたのだ。
しかも、この神像はペロプスの骨から出来ているということだった..」
—Firmicus Maternus, De errore profanarum religionum, XV
また、パウサニアス著の書物によれば、ラケダイモン 〔*前述、アバリスが疫病から救ったスパルタの所在する地方〕には
オリュンポスのアフロディテ神殿の向かいに「救いの乙女」( κόρη Σωτείρας)の祠が建立されていて、それは
アバリス建立との言い伝えもあるという *3。
| | | | | | |