§ 出エジプト
エジプト王(ファラオ)が、モーゼに向かって、奇跡をおこなって見せてみよと言ったとき、
兄アーロンに言って、その杖を投げさせると、杖は蛇に変わった
*1.
このエピソードじたいは良く知られているが、原典では、杖が変身した生き物は、
ヘブライ語で
タニン tanin תנין
呼ばれ、これは「竜」などを意味することばで、現代ヘブライ語では「ワニ」の意味に当てられる。
七十人訳旧約聖書(
ギリシア語訳)では、「竜、大蛇」を意味する
δράκων (
ドラコン) があてられ、
ウルガタ(
ラテン語訳)では、「蛇」の異語である
coluber (
コルベル)が使われている。
一方、エデンの園の「蛇」の方は、
ナハッシュ nahash נחש *2 という。
ラテン訳・ギリシア訳のいずれにおいても、この区別は保たれていて、七十人訳ではエデンの蛇は
ὄφις
(
オピス)で、聖ヒエロニムスによるウルガタでは
serpens (
セルペンス) となっている。
ついでヘブルの神は、《九つの災い》をエジプトにもたらすことになるのだが、
モーゼかアロンが杖をナイル川の水につけたとたん、水が血に変わる災いがおき、
カエルやブヨの災いもアーロンの杖によって出現した。また、モーゼが手をかざすと
大発生したイナゴが生えるものを食べつくし始め、モーゼが杖をかざすと東風がふいて
イナゴをエジプトに運んだ。
アーロンの杖もモーゼの杖も不思議をもたらす杖であり、あるいは同じ杖なのかとも
思わせるところがある。
実際、ユダヤの聖書解釈(ミドラシュ)ではこれらの杖は同一視されている、『ユダヤ百科事典』
*3
の「アロンの杖」記事によれば、そのことについて解釈書のひとつである『ミドラシュ・イェラムデヌ (Midrash Yelamdenu) 』
から引用されている(『ヤルクート』集では「詩篇」の部に分類)ので試訳しておく:
「ヤコブがヨルダン川を渡ったときの杖は、ユダが義理の娘(嫁)タマルに渡した杖と
同一である (『創世記』 32:10, 38:18). またそれはモーゼが使った聖なる杖
(『出エジプト記』 4:20, 21)でもあり、アーロンがファラオの御前で不思議をおこなってみせた杖(『出エジプト記』7:10)で、
最後にダビデが巨人ゴリアテを斃した杖 (『サムエル記上』17:40)でもある。
それをダビデがその子孫に遺し、ダビデ直系の王らが笏杖として使っていたが、
ソロモン神殿破壊の折に、不思議の力で消え隠された。
やがて救世主(メシア)到来せるとき、天をすべる権限の象徴として彼の者に笏杖が渡されるのである」—[ヤルクート-詩篇] Yalḳuṭ on Psalms ex. § 869
*1
『出エジプト記』。欽定訳(ジェームス王)聖書:Exodus 7:9-10
(七十人訳:LXX Ex.7.9 )
*2
欽定訳『創世記』:Gen 3:1 〜;
(七十人訳: LXX Gen.3 )
*3
Jewish Encyclopedia "Aaron's rod" の記事。
§ 花芽吹く杖
その後、イスラエルの民の中から懐疑者が出たが、そのときモーゼは次のようにして、
彼ら一族に権限が与えられているということを示して見せた。
まず、 アロンの杖にレビ一族の名を刻ませ、 《契約の箱》(あかしの箱)の前のおかせた。
そしてイスラエル十二部族の他の代表者にも、これにならって自家の名を刻んだ杖をおかせた。
翌日、アロンの杖には、芽が出、花が咲き、アーモンドが実をみのらせた。
アロンにその(高僧としての)権力が認められている象徴として、この杖は《契約の箱》のなかにおさめられて
ほぞんされることになった。
*1
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